閉じ込めたいほど愛している(ありふれた魔女たちの日常より)

この作品は、2018年9月発行「ありふれた魔女たちの日常」に収録されました。

閉じ込めたいほど愛している

街のシンボルとなっている大聖堂は、一ヶ月前から物々しい雰囲気に包まれていた。
歴史ある造形美の中で奏でられる讃美歌は聞こえず、祈りのために足を運ぶ顔は少ない。時折、扉を開けて足を踏み入れるものは、きまって初老の男ばかりだった。
教会ばかりではない。
街を見渡してみても歩いている人は少なく、女の姿はどこにもない。それこど、幼いこどもから老婆まで幅広く見ることが出来ない。あれだけ女性たちの声が明るく響いていた活気ある街は、この一ヶ月でものの見事に別の街へと変貌を遂げていた。

「司祭様はまだエルを探しているのかい?」

「ああ、なんでも今度はエフタ村で見かけたってことで、今、村を丸焼きにしに行ってるって話だ」

「だが、エルは城に行ってるんじゃないのかい?」

「司祭様は誰の言うことも聞きゃしないよ。それに女を見りゃ全員魔女だと疑って殺しちまう」

物騒な言葉は、街のいたるところで囁かれている。大人も子供も関係なく、この異常事態が発生した経緯は街中が知るところだから無理もない。娯楽の少ない街で、この一風変わった事件は、誰もが関心をもつ最新の話題だった。

「何がそんなに私の心に火をつけたのかはわからない」

街の住民が口にしていたエフタ村が燃えていく姿を目の当たりにしながら、パチパチとはぜる炎の煙に紛れて低い声が聞こえてくる。目の下に深く刻まれた黒い染みは一目みただけで通常とは程遠く、何日も熟睡出来ていない証拠のように彼の顔を浮かび上がらせていた。
位の高い紋章を宿した衣装を身にまとい、甲冑の兵士を従えた異様な司祭の雰囲気はお世辞にも神につかえる人とは思えない。背後で怯えて身を寄せ合う村人たちの視線を一心に受けたまま彼は燃え上がる村の炎をじっと見続けているが、その姿さえまるで悪魔の所業のようだった。そして、一言つぶやく。

「女は殺せ」

阿鼻叫喚の悲鳴は絶命の讃美歌を奏でながら、燃え上がる村の炎に投げ込まれていく。
ひとつ、またひとつと、逆らうものの血を流しながら、ついには最後のひとりが暴言を吐き捨てて死んでいった。

「これはきっと魔女の呪いなのだ。魔女を狩るのは私の宿命でもあるのだ」

黒い灰と赤い血だまりの中、司祭は血に濡れた甲冑の兵たちに見向きもせず、ひとり馬車に乗り込む。
暗い馬車の中で腰をおろして初めて、人知れず司祭は頭を抱えるように小さくうなった。

「あの日、私の心に住み着くようになった一匹の魔女はどこにいる。寝ても覚めても妖しい視線で微笑む姿が浮んでくる。美しい姿をした恐ろしい魔界の巫女。悪魔に魂を売り、私たち人間を陥れる算段を密かに企んでいるというのに。これは危険だ。危険なのだ。私の魂が食いつくされる前に、彼女は捕えなくてはならない。けれど、村のものはみな彼女の魔術に操られ、彼女をかくまうのだ」

ぶつぶつと唱えるように出てくる言葉を聞くものは一人もいない。彼の苦しみを理解してくれる人は一人もいない。
半年前、大聖堂を持つ街に国王来訪という一大イベントがあった。その宴の席で国王を喜ばせる嗜みものとして、街一番の踊り子であるエルが召喚されたのは有名な話。
その姿は実に美しく、国王でさえ感嘆の息をこぼし、盛大な拍手を彼女に贈ったと言われている。
エル。
それは深い緑の髪を持つ酒場で人気の踊り子だった少女。今では行方不明とされているが、横暴な司祭よりもいつも朗らかで明るく見目麗しい踊り子に協力するもののほうがはるかに多い。
司祭もそのことは知っている。
知っているからこそ、血眼になってエルを探していた。

「なぜだ。街を治める私が夜も眠れない日々を過ごしているというのに、あの魔女め。一日も早く捕まえて、私が昼も夜も眺められる檻の中に閉じ込めることが出来たなら。この悪夢の日々から解放されるというのに。これは呪いだ。あの魔女にかけられた呪いなのだ。どこにいる。私の魔女よ」

こうして司祭が滅ぼした村の数は全部で六つ。
国王に処刑された司祭がいなくなってからというもの、街は再び活気を取り戻し、昔のように女性たちの笑い声も響くようになった。
ただ不思議なことにあれ以来、誰に聞いても「エル」という踊り子の存在を知っている人はいなかった。(完)

Assorted Talesとは

当サイトの「日常の中にほんの少しの非日常を」を基盤に作られた個人短編集です。「今日もこの世界のどこかで生きている」をキャッチコピーにしています。なさそうであり、ありそうでない。そんな狭間のお話たちの試し読みができます