不慣れな旋律

パタンと、男は読んでいた本を閉じて、形のいい唇をそっと押し上げた。

「よく頑張りましたね。」

音楽が聞こえてくる。
何度も繰り返し練習してきたその音が、今日は心なしか弾んでいる。

「とても素敵です。」

壁越しにその譜面を聞きながら、優しい音がクスリと笑った。

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ツイッターの「#140文字小説」に投稿した内容を深掘りするコーナー

タイトル『不慣れな旋律』

耳をすませば聞こえてくるピアノの音色。
彼は家の窓をあけて、午後の読書を楽しんでいました。
毎日毎日、同じ場所でつまずいては、何度も何度も繰り返される難しい所。

毎日決まった箇所で間違え、同じ時刻に聞こえてくる不細工なその音が、いつしか彼の癒しになっていました。

そんなある日。いつもなら止まるはずの場所で音色は止まらず、綺麗な旋律が聞こえてきます。
内心で拍手喝采です。
それでも彼は、その成功した音色の妨げにならないように人知れず自室で優しく微笑んだだけ。

しばらく本を閉じて、目を閉じ、曲を噛み締めるようにその音色を聞く。
優しい風がふわっと舞い込んできて、その努力が報われた瞬間に称賛をのべる。

窓が開いた先から聞こえてくる曲の名前はなんでしょうか?
もしかしたらピアノではなく、バイオリンやフルート、他の楽器をイメージした方もいらっしゃるかもしれませんね。

意外と努力をしている本人は気づいていませんが、必ずかげながら応援し、見守ってくれている人はいます。
自分が知らないだけで、一緒にハラハラしてくれていたり、感動してくれていたり、褒めてくれたりしています。
近くにいる。
それでも彼は、自分がその音色に癒されていたなどと名乗ったりはしません。

「ああ、あの音色は貴女でしたか。」

よく知らないけれど、何だか好き。
それを知り、出会えた時の喜びのために、あきらめずに今日も頑張ってみようと思います。