星座物語「牡牛座の七姉妹」

2018-02-04

私たちは同じ時間に
同じ場所で生まれた
唯一無二の七姉妹

オリオンに追い回され
おうし座の東で星になった
最も有名な七姉妹

今夜も私たちは空に浮かび
船乗りたちを見下ろしながら
夜空の中でお喋りするの

『牡牛座の七姉妹』

地中海に浮かぶ一艘の船が、夜の海を航海しながらゆっくりと潮風をその身に浴びていた。珍しく海は穏やかで、甲板で神経をすり減らし見張りを続ける船乗りたちも、今夜はどこか安らいでいるように見えた。

「見て、お姉さま。また人間がこちらをじっと見つめているわ。」

「メロペーったら。あなたは本当に人間が好きね。」

甲板から夜空の星を指さす船乗りたちを見下ろしながら、星になった女神たちはくすくすと笑い合う。中でも、寝転びながら海上の船を覗きこんでいた末の妹に視線は集中している。

「ちっ違うわよ。人間が好きってわけじゃないの。」

慌てて海面から顔を上げたメロペーの顔は赤く染まっている。姉たちが冷やかして笑う人間に思い当たる人物が浮かんだのだろう。案の定、長女のマイアがニヤリといたずらな笑みを浮かべて「はいはい。あなたが好きなのはシーシュポスだものね」とまた笑った。
生まれた時を同じくした七姉妹は、毎晩輪を作っては他愛もない話をして過ごしている。地上に雨が降ろうと、大地が怒りに震えようと、雲の上の星である自分たちにその影響はない。美しく仲の良い姉妹たちは、星座になる前も、なった後も変わらない夜を過ごしていた。しかし、今夜は五番目の姉ケライノの機嫌が悪いらしい。

「人間と夫婦になるなんてよくやるわよ。不死を捨て去ってまで一緒になる必要があったのかしら。」

ふんっと腕を組んで鼻を鳴らすケライノに、メロペーの顔が赤から青に変わる。人間と交わったことで神としての力を失ったメロペーは、そのことを恥じるように星の輝きを小さくぼやかせた。

「もう、ケライノ。そんな風にいうからメロペーがまた遠慮するのよ。」

「アルキュオネーお姉さま。」

「ごめんなさいね、メロペー。ケライノったらポセイドンが今夜も会いに来ないものだから不貞腐れているのよ。」

オリンポス十二神の一人として名高いポセイドンとの間に、アルキュオネーとケライノはそれぞれ子供をもうけているからか、二人は海を眺めるとどこか恨めしそうにポセイドンの話をするときがある。昨晩はアルキュオネーの機嫌がよくなかったが、今夜はケライノのところを見ると、ポセイドンは二人の姉を同時に愛することはないのかもしれない。

「複数の女に気がある男を好きになると気が気じゃないものよね。」

わかるわと、憂いの息を吐きながら周囲を見渡す三番目の姉タユゲテは、恨めしそうに長女のマイアと次女のエレクトラに視線を送る。同じくして、マイアとエレクトラもタユゲテに対して非難がましい視線を送っていた。

「タユゲテ。何も不満を持っているのはあなただけじゃないのよ。」

「マイアお姉さまの言う通りよ。ゼウスさまは忙しいお方でしょう。」

「エレクトラお姉さまはいつもそうよ。ゼウス様は、どれほど忙しくてもわたしに会いに来てくれたもの。」

「また始まったわ。」

最高神ゼウスとの間に子供をもうけた上の三人の口論は毎度おなじみのこと。
長女マイア、次女エレクトラ、三女タユゲテはゼウスと交わりを重ね。四女アルキュオネー、五女ケライノはポセイドンとの間に子供をもうけていた。有名な七姉妹。そのうち五人は姉妹でありながら、同じ男を狙う女同士でもある。

「お姉さまたちがそんな調子だから、メロペーは人間に惹かれちゃったのよね。」

「そういうステロペ姉さまは、アレース様とはど」

「あの人の話はしないで。」

「はい。」

ステロペは戦争を司るアレースとの間に子供をもうけたが、アレースは愛人のアフロディーテとうまくいっているらしい。ステロペの夫はアレースではないとの噂もあるだけに、本人が口を閉ざしている以上、いまはもう真実は闇の中と言ってもいいだろう。
話題から逃げるように姉たちの仲裁をはじめたステロペの横顔を見送るように、メロペーは再び海面を覗き込む。夜はすっかり更け込んでしまったからか、甲板の船乗りたちも見張りを残してすっかり寝静まっているようだった。

「あなたたちは、シーシュポスのようにならないでね。」

姉たちにすら聞こえないほど小声でメロペーは囁く。
そうして顔を上げたその時、星座になる元凶となった相手が近づいてくるのが空の端に見えた。

「あ、お姉さまたちオリオンがやってくるわ。」

メロペーの声に、喧騒と化していた姉妹たちの宴が散っていく。そして、今夜こそ愛しの彼を自分の元へ呼び寄せようとしているのか、大人しいメロペーを残して、上の六姉妹は今夜も私はここにいるとアピールを続けていた。

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Twitterで十二星座物語というものに参加させていただいた作品になります。
私は、牡牛座を担当させていただいたのですが、どういう話にするかとても悩みました。星座には神話がたくさんあって、なかでも牡牛座はとても魅力的なキャラクターがたくさん登場します。今回は、プレアデス星団という有名な七姉妹を題材にしてみました。
星座を知ると、夜空を眺めるのがまた楽しくなりますね。