連作小説「風と烏」
「#物書きさん交流企画」というタグで参加した小説をここに残しておきます。すでに退会された方もいるので、どこで公開しようかと悩みましたが、このまま日の目を見ないのもかわいそうなので、そっと自サイトに掲載しておくことにしました。
お題「風」
連作小説企画:タイトル「風と烏」
1番手:ミナモトさん(@vampbleed)さん
2番手:きりんろくみりさん
3番手:皐月うしこ(@satsuki_ushiko)
1番手:ミナモトさん(@vampbleed)さん
ある嵐の夜のことだった。ビタン、と窓に何かが当たる音がした。ベランダの上で伸びているとそれは、カラスであった。不思議なことに足が三本。不気味さは然程感じず、私はそれを抱え上げ、風呂場へと運んだ。
烏の行水。
そんな言葉が頭をよぎったが、このカラスは普通ではないので平気だろう。てんで使っていない救急箱を引っ張り出し、傷を包帯で巻く。未だぐったりしている。やれそうなことをやり終えると、呆れと疲れが押し寄せてきた。何をしているんだろう、と思っている間に眠ってしまっていた。
目が覚めると、変わらず天候は荒れている。カラスはいなくなっていたが、代わりに一人、着物姿の誰かが私を覗き込んでいた。顔の上半分は仮面に覆われ、性別はわからない。その仮面はカラスを模しているらしく、黒い烏の顔をしていた。誰?
「やあ」
中性的な声。私の最大の疑問を解くべく、それはコツコツと仮面を叩いた。
「昨日は世話になった。危うく死ぬかと思ったよ」
2番手:きりんろくみりさん
けらりけらり。
おかしな笑い声を喉の奥に残しながら彼は言う。
「助けてもらったこの恩は、一生忘れないだろう」
彼の声は透き通るような優しげなものにも思えるし、頭を締め付けれられるようなきつい声色にも思えるのだ。不思議なものだと一人頷きながら身を起こした。
「いいえいいえ。当たり前のことをしたまでです」
そう。なんということはないのだ、きっと。自分のおかしな行動はただそれだけのことなのだ。「当たり前のこと」だから。だから私は、彼を助け、このような状況に陥っている。当たり前のことをして、当たり前にこうなっているまでのことなのだ。そう考えなければ、おかしいだろう?
「いいやいいや。決して当たり前のことではない」
彼は緩やかにかぶりを振り、きっぱりと言い切る。
「いえ、当たり前のことです。溺死の生き物を見捨てることなど、一人の人間としてはならないことでしょう」
「いや。その当たり前を出来ない人間が、どれほどいると思っている?」
「いやまあ、それは、知りませんけれど。自分は、自分が助けなければと思ったので」
「はは。いやはや君はかなり、変わっているようだ」
かつかつかつ。
特徴的な笑い声が、耳に絡まった。まるで、頬をかすめる秋の風のように、長い余韻を残す。まったくもって不思議なものだ。彼が何者なのか、皆目検討もつかない。そして、まるで逆風のように、否定から始まるこの会話たちに、何の意味があるのだろうか。
ただ少し、ほんの少しだけ、疑問なことがある。ずっと吹いていた外の風が、なんだかおかしいのだ。
3番手:皐月うしこ(@satsuki_ushiko)
「なにか、腑に落ちないことでもあるのかね」
相変わらず表情の読めない黒い仮面をつけたまま、男はゆるりと妖艶な笑みを携える。からかっているのかと、一瞬警戒心を強めたものの、ムキになっても無意味だと自分に言い聞かせるようにして、ほっと嘆息を吐き出した。
「いえ、別に」
またも否定からのやり取りを繰り返す。たぶん、きっと、随分と疲れているのだろう。先ほどから頭痛はするし、第一ベランダにぶつかってきた鈍臭い、いや、奇妙な生物を助けた疲れが変な夢をみせているのだと納得する。そうこれは夢の中だ。とても現実味を帯びた、熱がみせる幻に違いない。
「君は随分と強情だな」
「そうですか」
「自分で助けたくせに信じられないとは」
そう言ってカラスの風貌をした男はまた笑う。
「大丈夫だ、私は今まで君が助けてきた連中のように恩を忘れたりはしない」
ずきんと、また頭痛がする。
「君のおかげで私は随分と癒されたよ」
そう言いながら彼は、なぜか私が包帯を巻いたあのカラスと同じ場所に巻いていた包帯をゆるゆると取り外し、窓を望める場所へと歩いていく。
「どうやら迎えが来たようだ」
「え?」
先ほどからおかしいと思っていた正体にようやく気付いた。雷雨に空は荒れているのに、音が何も聞こえない。轟々とあれだけ窓を打ち付けていた風の音が止んでいる。
「本当に世話になった」
その瞬間、なぜか意識がかすんでいく。まだ聞きたいことは山ほどあるのに、ひどい頭痛と疲れが綯い交ぜになって混沌の眠りへと誘われていく。
・・・・・・♪~♪♪~~~♪
毎日決まった時刻になるスマホのアラームに目を覚ます。窓から差し込む朝日に思わず顔をしかめてみると、どうやら外は快晴の兆しを見せていた。
「いい天気」
頭痛はすっかり治っていた。
からからと、窓を開けた先の世界に飛び込むようにベランダへと踊りでる。嵐が通り過ぎた後の空は心地よく、透明な水たまりを反射して優しい光を放っている。
「あっ」
思わず声をあげたのは、耳を通り抜ける風の行方を追うように、「けらけらけら」とあの独特な笑い声をあげる一羽の黒いカラスが、頭上高くに飛びたったからだった。夢の中で助けたカラスと同じ、三本足の奇妙な姿で。(完)