即興小説「満天の闇星が降る」
概要
2019年08月23日にファンサイトCienで公開した短編小説。
満天の闇星が降る
読み:まんてんのやみぼしがふる
公開日:2019/08/23
ジャンル:SFファンタジー
文字数:約1200字
読了時間:約2分
タグ:めっちゃ短い/さくっと読める
『リプで来た架空の作品タイトルから一節引用する』
というX(旧Twitter)企画で、皆様からいただいたタイトルを元に即興で書かせていただいた小説になります。
本編「満天の闇星が降る」
漆黒の闇が降る夜は
誰もが眠りの夢を見る
淡い光の照らす先
かつて海と呼ばれたものを
求めて人は旅をする
硬い抜け殻で守られた
動かぬ町のその中で
少年は白き瞳の意味を知る
* * * * *
地上には空からどれだけの星が降ろうとも、びくともしない建造物があるらしい。それが脱皮をするごとに固く進化を遂げていく甲殻虫(こうかくちゅう)。甲殻虫が体中に生やした無数の突起物のひとつを部屋として、人々は思い思いの暮らしを楽しんでいる。さながら、ひとつの町のように店もあれば学校もある。甲殻虫の抜け殻に暮らす人々にとって、外の世界は未知の領域に満ちていた。
特に、星が降った朝は漆黒の闇に包まれる。
昨夜のうちに地面を覆い尽くすほどの星屑豪雨は、川だけでなく町ひとつ飲み込むほど大きな流星となったらしい。はらはら、と。おかげで、朝一番の窓の向こうは地上の景色すら見えないほどの暗闇に染まっていた。
「まじかよ」
発光する鉱石の欠片を集めた室内の照明が、降り落ちた闇星に寝起きの少年の姿を映し出す。顔半分を長い前髪で隠した痩せっぽっちの子ども。身長はそれなりに高いが厚みは彼には無縁らしい。
「エントレー!」
真っ暗闇の向こう側から名前を呼ぶ声が聞こえてくる。多分、隣に住む幼なじみのアスキラだろう。
エントレ・タリレッテ・ヴィン・ラビットソン。なんとも長い名前だが誰もフルネームで呼ぶことはしない。
それなのに妙に明るい隣人の声は、しきりに彼のフルネームを叫び始めていた。
「はいはいはいはい」
「ハイが多いぞ、エントレ・タリレッテ・ヴィン・ラビットソン」
「お前こそ、よくも噛まずに俺の名前を復唱出来るよな」
「サルカンテ・モーラ・フィフス・レ・アスキラ様に不可能はない!」
「いや、そういう問題じゃねぇだろ」
姿形が見えない暗闇の向こう。聞こえるのは互いの声だけ。黒い星の表面に反射した顔は、相変わらず眠そうな顔で痩せっぽっちの少年だけを写していた。
「なぁ、闇星どれくらい降ったんだろうな?」
「さあな」
好奇心が勝るのか感情の高ぶりを抑えられないアスキラの声に、エントレは長い前髪をかきあげる。その下から現れた真っ白の裸眼は黒い世界を掻き分けて、窓枠から空を見上げる一人の少年をとらえていた。柔らかな亜麻色の栗毛に琥珀色の瞳。頭に王冠をのせれば、絵本の中に出てくる王子みたいだとエントレは思う。
「今夜も降るぞ」
「え、今夜も降るの?」
アスキラが見上げる視線の先を追って空を見てみれば、そこは満天の闇星。ご丁寧にも所々紫色に光る黒い綿雲まで甲殻虫の上空を覆っている。
「ああ」
アスキラの問いかけに短く答えた後、エントレは再び長い前髪にその白く煌めく瞳を隠した。
そして室内の明かりに目を向ける。そこでは太陽の温もり思い出させるような小さな鉱物が儚い光を放っていた。別名、ティアーズ・オブ・セイレーン。満天の闇星が降る日には、誰もが彼女の憂いを知るだろう。闇星の降る日だけ光るその鉱物は、甲殻虫の抜け殻に暮らす人々にとってなくてはならない光。
「エントレ、行くんだろ!」
「ああ」
いつの間に移動してきたのか、アスキラの声に急かされてエントレはふっと鼻で小さく笑った。
(完)
プロムナードとは
遊歩・散歩を意味するプロムナード。「日常の中にほんの少しの非日常を」というコンセプトを元に、短く仕上げた物語たちのこと。皐月うしこオリジナルの短編小説置き場。
※文字数については各投稿サイトごとに異なる場合があります。
※読了時間については、1分あたり約750文字で計算しています。