短編「聖夜のベルに告ぐ」
概要
2018年12月22日にファンサイトCienで公開した短編小説。
聖夜のベルに告ぐ
読み:せいやのべるにつぐ
公開日:2018/12/22
ジャンル:Xmas書き下ろし小説
文字数:約1500字
読了時間:約2分
タグ:めっちゃ短い/さくっと読める
本編「聖夜のベルに告ぐ」
頬を撫でる風が、すっかり冬になったことを告げていた。町を歩く人々は、誰もが分厚いコートを着込み、足早に目的地へと去っていく。イルミネーションといえば聞こえはいいが、夜を彩る無数の電球はチカチカと人々の視界の渦に埋もれていた。
「はぁ」
吐いた息が白く染まる。巨大なクリスマスツリーが飾られた駅とショッピングモールの中間地点で、先ほどから退屈そうに佇んでいる少年が一人。先ほどから何人、目の前を通り過ぎたのかはわからない。それでも、そう短くない時間を少年は一人でそこに立っていた。
「大体、本当にこんな場所に来るのかよ」
少年の声に合わせて白い息が空気に滲む。それを隠すように首元までしめたパーカーをフードまで深くかぶり、ポケットに手を突っ込んだ少年は、微弱に震える小さな機械を取り出した。
「ダラス、なに?」
「おいおい、オビト。もっと楽しそうな声出せよ」
「この状況でどうやって楽しめって言うんだよ」
世間はクリスマスムード一色。そこらじゅうでカップルらしき組み合わせが甘い声を出し、楽しそうに笑い合っている。
「もうすぐ二時間だぜ。お前、計算間違ったんじゃね?」
オビトの声が不機嫌というより、呆れかえった音を滲ませて白い息を吐きだす。寒空の下で独りぼっち。別に一人なのはかまわないが、いい加減な情報だけは困ると言わんばかりに、オビトは電話越しのダラスに向かってうんざりした思いをぶつけていた。
「いやいや、間違ってねぇよ。平成最後の冬。二〇一八年十二月二十五日。時刻は二十時。お前が早く着きすぎたんだよ」
「は、二十時!?」
「人の説明を最後まで聞く前にタイムマシンに乗ったお前が悪い」
電話越しにクスクスと笑うダラスの声が憎たらしい。
「あと五分ほどじゃねぇか、もうすぐもうすぐ」
「まったく他人事だと思って笑ってんじゃねぇよ」
すっかり冷たくなった頬の表面を点滅する光たちが優しく包む。もしも彼を視界にとらえる第三者がいたのなら、ふいにさした悲しげな雰囲気に、思わず足を止めていただろう。
「三百年後の未来からきましたって、言ったらだめだよな」
ふいに、声を落としたオビトの声に電話越しのダラスは笑うのをやめて、真剣な声を吐き出した。
「当たり前だろ」
「てか、本当にシステムのバグじゃねぇの?」
「いや、お前の運命の相手は三百年前の女だ」
「まじで、これ罰ゲームじゃないよな?」
「あのな、オビト。俺はお前に生きていて欲しい。なんのために国のシステムにハッキングしたと思ってんだよ。大体、お前、リミットは今日なんだぜ。あのままこっちにいても未来ねぇだろ」
「まあ、そうだけど。って、切れた。まじか」
突然プツリと切れた電話。時刻は二十時ちょうど。三百年後の二三一八年。国は二十七歳までに添い遂げる相手を今までのデータをもとに選定し、決定する。それは義務であり強制。破れば極刑を免れない。なぜかデータエラーで相手が保留のまま二十七の誕生日を迎えることになったオビトは、親友のダラスに相談を持ち掛け、国に殺されない解決策を見出すことに成功した。
「だけど、まじで三百年前の女とかあり?」
オビトは誰に言うまでもなく、ひとり呟く。
「こんな古代文明の中で生きる人間となんか一緒に生きていけんのかよ」
自嘲気味に吐き出した言葉は本音ではない。それでも白く変わった息の温もりにさえ悲しみを滲ませたオビトは、すっかり冷えた手をこするように、体勢を立て直した。
「おっと」
つい、進行方向を妨げてしまったのか、タイミングよく歩いてきた何かとぶつかる。
そして、その顔を見て、オビトは衝撃に息を呑んで固まった。
「ネア様?」
ネア、それは文献の中に生きる。良く知った顔だった。出逢ったのは運命であり必然。しかし、それを受け入れるにはあまりにも衝撃的な結果に、オビトは将来の伴侶を失った声のまま眺め続けていた。
(完)
プロムナードとは
遊歩・散歩を意味するプロムナード。「日常の中にほんの少しの非日常を」というコンセプトを元に、短く仕上げた物語たちのこと。皐月うしこオリジナルの短編小説置き場。
※文字数については各投稿サイトごとに異なる場合があります。
※読了時間については、1分あたり約750文字で計算しています。