即興小説「星の小町」
概要
2019年08月25日にファンサイトCienで公開した短編小説。
星の小町
読み:ほしのこまち
公開日:2019/08/25
ジャンル:和風ファンタジー
文字数:約2800字
読了時間:約3分
タグ:めっちゃ短い/さくっと読める
『リプで来た架空の作品タイトルから一節引用する』
というX(旧Twitter)企画で、皆様からいただいたタイトルを元に即興で書かせていただいた小説になります。
本編「星の小町」
この感情を名付けるなら
それはきっと嫉妬でしょう
有名な舞姫と蕎麦屋の娘
比べることすらおこがましい
それでもあの人が望んでくれるなら
どれほど素敵なことでしょう
見上げた星が叶えてくれる
願いなどありはしないから
今日も店先であの人を待ちましょう
いつまでも、いつまでも
* * * * * *
噂に聞くところによると、美座 隆正(みざ たかまさ)が治める星図(せいず)の国にとても美しい舞姫がいるらしい。しゃらしゃらと音が出る首飾りを四肢につけて見事な舞いを踊る姿は、さながら「星の小町」と呼ばれるにふさわしい容姿をしていると言われている。いつも顔の半分を布で隠し、瞳しか眺めることは許されないが、その瞳はまるで夜空に煌く星のように美しく、見る者の心を奪うと囁かれていた。
「ほぅ、そんな娘が都にはいるのだな」
蕎麦屋の暖簾先に設けられた長椅子で、町人崩れの風貌をした小汚い男が楊枝を口にしながら感心したように呟いている。店の看板娘はきっと気立てがいいのだろう。男の食べ終わった蕎麦の器を盆に回収しながらニコニコとした笑顔で「そうなんですよ」と明るい声でそれに応えていた。
「殿様も何度も座敷に呼ばれていて、都ではすこぶる評判の舞いの手みたいです」
「舞い、ねぇ。おっさんには、舞いの良さはいまいちわからねぇなぁ」
「それでも美人さんには興味あるでしょう?」
「おねーちゃんみたいな可愛い子の方が俺は好きだけどな」
「やだ、お客さん。そんなこと言っても、お代金はまけてあげられませんよ」
きゃっきゃと笑う可愛い娘に、男は金を渡して立ち上がる。
「ごちそーさん」と、男は見送る少女に向かって背中越しに手を振りながら去っていった。
「ああ、また来てたのかい?」
看板娘を呼びにきたのだろう。店を仕切っている女将らしき女が店内から暖簾を分けて顔を覗かせる。少女は「ええ」とやはりにこやかな笑顔でそれに答えた。
「あんな身なり、いつまで続けるつもりなのかねぇ」
「え?」
女将と一緒に店内に戻りながら、少女は先ほどの男を思い浮かべた。あんな身なりとは、小汚い衣をさすのだろうが、この辺りは旅の商人や都へ向かう人々が行き交う山道がある。近くの村人もたまに足を運んでくるので、男の風貌は別に目立った姿形なわけではない。
「まあ、大きな方なので目立つとは思いますが」
「あれま、志乃ちゃん知らないのかい?」
空になった蕎麦の器を持ったままの少女は、意外そうな瞳を向けてくる女将へと視線を戻す。その顔に浮んだ疑問符を瞬時にくみ取ったのか、女将は帰宅するという客に「ありがとうございました」と笑顔で答えた後、少女の耳元までそそくさと近寄り小さな声で囁いた。
「あの男は美座様の前の城主、宍戸候(ししどこう)に仕えていたんだよ。側近として有能だったって話しで、今、都で噂されている星の小町と恋仲だったらしいんだよ。ところが宍戸候様が行方不明になっちまって、美座様が新しい城主になると同時に、あの男も都から離れちまったって」
「あの方がそんな立派なお侍様のようには見えませんが?」
「志乃ちゃん、人は見かけじゃないんだよ。まだ宍戸候様が治めていらした時代に一度、星図の都であの男を見たって客がいるんだよ」
「人違いじゃないですか?」
「そりゃ、ただの行商人が一度みたくらいで信ぴょう性には欠けるかもしれないが、面白い匂いがする話しじゃないか」
「女将さん、すぐお客様で妄想する癖、やめた方がいいですよ」
「相変わらず夢のない子だね。あ、お客様。いらっしゃいませ」
団体で入ってきた客の世話をするために女将が笑顔で走り寄っていく。志乃はそれを横目にとらえながら手に持ったままの盆を流しに置き、遠目で聞こえてくる注文を厨房にいる男へと伝えることにした。
「大将、たぶん蕎麦いつつ注文はいります」
「あいよ」
女将と夫婦の旦那は無口ながら仕事は早い。志乃の見立て通り、厨房に向かって女将が「あんた、蕎麦いつつ」と大声で叫ぶとすでにみっつは完成に近づいていた。
「これ、持っていきますね」
志乃は用意できた器を盆にのせて、客の元まで歩いていく。
女将とすれ違ったが、仕事中の雑談は基本的にしない。だからこそ、志乃の頭の中には先ほど女将が話していたことがグルグルと渦を巻いて散らかっていた。
宍戸候は有名な星図の城主で、一代で城を築き、町をかまえた。三人の名だたる武将を傍に置き、隣国はもちろん各国にその名を響かせるほどの手腕の持ち主だったらしい。というところまでは志乃も聞き及んでいた。ところが一年前、短い書き置きだけ残して宍戸候は消えたという。そして半年前、宍戸候の留守を狙って美座隆正が城主を陣取り、都を治めるような顔をし始めたが、正直都外れの山道にある蕎麦屋にとって、その情報はどうでもいい情報だった。誰が城主になったところで何も変わらない。
朝がきて、昼がきて、夜がくるだけのこと。
山賊が出ても城主が助けてくれるわけでもない、資源がつきても城主が分け与えてくれるわけでもない。実際のところ、どこにも属さない国境。細々店を営むものにとってその日暮らしの日常生活に城主の入れ替えなどは微塵も興味がなかった。
「まあ、少し治安は悪くなったように思うけれど」
頭の中で志乃は口にする。実際は客に向かって「お待たせ様です」と笑顔を振りまいていた。
「志乃ちゃん、今日も可愛いね」
「ありがとうございます」
「志乃ちゃん見たさに蕎麦を食いに寄っちまうよ」
「ありがとうございます」
「俺のとこに嫁にこないか?」
「奥さんが聞いたら泣きますよ」
蕎麦を配ると返ってくる言葉に志乃は相槌をうちながら笑顔をみせる。看板娘であることは随分前から自覚しているので、このやり取りひとつが店の売り上げに関わることも大いに理解していた。三つを配り終えて、残り二つ。女将は別の客の対応で忙しいらしい。
「そういえば、志乃ちゃんは星の小町に似ているね」
「星の小町ですか?」
「都で有名な舞い姫だ。名前くらいは聞いたことがあるだろう?」
「ええ、まあ」
「ほら、口元を隠すとその瞳に心が奪われちまう」
「もう。お客さん、そういう口説きは蕎麦を食べてからにしてください」
配膳を終えた志乃は団体客の席から身体を離して表に出る。今日は珍しく繁盛しているが、それは少し外が肌寒い季節になってきた影響もあるのだろう。客は客を呼ぶ。こういう日は看板娘らしく看板になるのも効果があると、志乃は表に立ってみたが、そこにはあの男が座っていた長椅子があるだけだった。
「星の小町、か」
誰もを虜にするというその美女を一度この目で見てみたい。長椅子に腰かけて蕎麦を食べていたあの大きな男が愛したというのなら。志乃はギュッと唇を結んで胸元に手を当てる。半年前、志乃はその男に救われた。素材調達のために山に入った帰り道、野党に襲われていたところをあの男が颯爽と現れて救ってくれた。お礼に蕎麦をご馳走させてくれと招いたことがきっかけで、男は蕎麦屋に顔を見せるようになった。ただ、それだけのこと。
「舞いってどうやるんだろう」
ポツリと無心でつぶやいた一言。
風は志乃の呟きを拾ってくれはしたが、その胸中に渦巻く靄だけは取り払ってくれなかったらしい。あの日から心に燻る淡い思いが苦しくて切ない。それでも今はただ、明日もあの男が来ることを願って店先で待ち続けるしかないのだと、志乃は笑顔で入れ違う客に声をかけた。
(完)
プロムナードとは
遊歩・散歩を意味するプロムナード。「日常の中にほんの少しの非日常を」というコンセプトを元に、短く仕上げた物語たちのこと。皐月うしこオリジナルの短編小説置き場。
※文字数については各投稿サイトごとに異なる場合があります。
※読了時間については、1分あたり約750文字で計算しています。