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即興小説「瞳の中のプリンス」

概要

2019年08月30日にファンサイトCienで公開した短編小説。

瞳の中のプリンス

読み:ひとみのなかのぷりんす
公開日:2019/08/30
ジャンル:和風ファンタジー
文字数:約1900字
読了時間:約2分
タグ:めっちゃ短い/さくっと読める
『リプで来た架空の作品タイトルから一節引用する』
というX(旧Twitter)企画で、皆様からいただいたタイトルを元に即興で書かせていただいた小説になります。

本編「瞳の中のプリンス」

夢の中に現れる
王子の名前はまだ知らない

ただ、にっこり微笑んで
静かにじっと見つめるだけ

足を組んで腰かけて
優しい眼差しに触れる指
無意識に髪がハラハラ落ちて

なぜか涙がこぼれたの

* * * * * *

ざわざわと喧騒がひしめき合うのも仕方がない。十代の少年少女が一日の大半を過ごす教室という場所で、しかも昼休みという貴重な時間、静けさを望む方がどうかしている。売店のパンが売り切れたとか、塾の成績がヤバいとか、昨日みたテレビが面白いとか、放課後の行先を決める雑談とか、とくに重要ではなさそうな内容も本人たちにとっては人生を左右するほど大きな事件なのだろう。
ただ少しだけ感覚が違う生物と思えば可愛いものだと、透野 弥代子(とおの やよこ)は他の十代の同級生たちの輪から外れ、校舎裏の大きな木に囲まれた壁にもたれて眠っていた。

「ああ、また眠ってた」

最近、拍車がかかったように睡魔に体が奪われている。昔から人と比べて眠気の多い体質だということは理解しているが、昨日は二十時間も眠っていたというのに、今もまた眠っていた。

「んで、また泣いているし」

夢の詳細は覚えていないが、時々余韻の残る目覚め方をすると涙が頬を伝っている。
何を見たかは、やはり思い出せなかった。昨日といい今日といい、よくもこれだけ眠れるものだと自分でも感心する。
日曜日が丸々、睡眠で潰れてしまうというのはよくある話。弥代子は月曜日の午前中から授業をサボって寝落ちちてしまった現実に疲れた息を吐き出した。

「なんでこんなに寝ちゃうんだろう」

その疑問は常に頭の中にある。

「まあ、考えたところで身体に異常はないんだけど」

あまりに睡眠時間が長いので、心配になった両親に何度か病院をたらいまわしにされたことがあった。それでも原因不明、異常なしの診断がくだったのだからどうしようもない。弥代子自体もさして真剣に悩んでいなさそうなことからも、両親は個性だと認識することにして今はもう何も言わなくなっていた。

「サボったってわかったら怒られるかな」

授業に出ていても机の上に突っ伏して寝てしまうだけ。体調不良だと嘘をついて保健室で安眠するのも回数が増えれば怪しまれてしまう。学校に行かなければ、それこそまた両親が心配する気がして弥代子は制服のまま校舎裏の壁にもたれて眠っていた。
学校に来るまでは電車で一駅。今朝は朝礼のときまでは起きていられたから担任に出席の意思は認識されているはずだと、弥代子は寝起きの髪をかき上げる。
流れるような癖のないサラサラのストレート。黒い髪に、黒い瞳。外で遊んでこなかっただけで、周囲と違い随分と色白になってしまったが、おかげでクラスメイトからは不気味がられ、未だに友達はひとりも出来ていない。

「気楽でいいんだけどね」

いつ眠くなるかわからないうえに、一度眠ってしまえば場所も状況もおかまいなし。学校と家の往復だけの通学路にも幾つか睡眠場所は確保しているが、これに他人を巻きこむとあとが面倒くさい。小学生、中学生と学年があがるにつれ活動範囲が広くなっていく同級生とは、もう住む世界が違う何か別の生物のように感じていた。

「この感覚だと三時間くらいは起きれるかな」

少し首を回して弥代子は壁にもたれていた重い腰をあげる。
貧血のように軽い頭痛とだるさが襲ってくるが、これは変な姿勢で寝ていたツケがまわっただけのこと。特に問題があるわけではないと、弥代子は当然のように壁に手をついて体制を整えた。

「まだ昼休み、か」

午後の授業は参加できるかもしれない。ただ、放課後になる前に学校を抜け出さなければきっと朝まで路上で眠る羽目になるだろう。

「プリンス様、頼みますよ」

弥代子はパンっとどこにでもなく、ただ目の前で手を合わせる。閉じた瞼の裏側は真っ暗で何も見えない。
それでも弥代子はいつからか、眠る間際に「誘う声」を聞いている。自分と同じように年齢を重ねるごとに成長していく少年の声は、日に日にハッキリとしたものになっていた。弥代子がその声の持ち主を「プリンス様」と呼ぶようになったのは二年ほど前のこと。高校生になってすぐくらいに、寝起きの顔を鏡で見つめたその時。鏡の中に確かに自分じゃない誰かが一瞬写り込んだ。夢の中で何度か見かけた男の子と同じ少年。何か言いたそうな顔をしていたが、何を言いたかったのかはわからない。
懐かしさを感じたのは夢で何度もあったことがあるからだろう。その日を境に弥代子は名前の知らない少年の声をたびたび聞くようになっていた。大抵はハッキリと聞き取れない。けれど確実に言えることは、彼の声を聞くと十分以内に眠りに落ちるということ。例外はない。
それだけでも十分生活はラクになったと弥代子は思う。寝落ちるタイミングがわかるだけで全然違う。昼休み終了の予鈴が聞こえてくる。弥代子は瞳の中のプリンスに願っていた顔をあげると、制服の裾を揺らしてそっと駆けて行った。

(完)

プロムナードとは

遊歩・散歩を意味するプロムナード。「日常の中にほんの少しの非日常を」というコンセプトを元に、短く仕上げた物語たちのこと。皐月うしこオリジナルの短編小説置き場。

※文字数については各投稿サイトごとに異なる場合があります。
※読了時間については、1分あたり約750文字で計算しています。