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読切「ジュエリー・ナイトメア」

概要

2023年5月に刊行された篠崎マーティー様主催のアンソロジー「仮に、宇宙の単位をページとする」参加作品となります。
》》寄稿詳細はこちら
※寄稿詳細先は、年齢制限がありますのでご注意ください

作品名

読み:じゅえりーないとめあ
公開日:2023/05/13(文学フリマ東京36)
ジャンル:SFファンタジー
文字数:約11000字
読了時間:約15分
タグ:ストリップ/飛行船/宝石

Story年齢制限のあるアンソロジーですが、情事描写をいれていないので、当サイトではこちらにて掲載します。設定をオトナな感じの世界観で添えました。ちょっと違う雰囲気をお楽しみください。アンソロジーをご購入の際は、年齢表示にご注意ください。

本編「ジュエリー・ナイトメア」

雲の海を眼下に望む遥か上空。
ビロードの上に宝石を散りばめた夜の中、月に照らされ、一艘の鯨が飛行していく。大きく膨らんだ身体のほとんどに空気をつめて、無表情に進行していく。けれど、下垂した胃袋の乗客たちは、この浮遊紀行を謳歌していた。
会員制飛行船『ラズルダズル』
誰もが素顔の下に本性を隠し、横に女を侍らせて、酒や賭け事を楽しむ中央には、ポールが一本存在するだけの舞台がひとつ。月に一度、非会員が試乗を許されるが、闇市ですら入手困難というラズルダズルの乗船チケットを巡り、死亡事例まであると聞く。
物騒なチケット争奪戦に参加するくらいなら金で解決するのが一番早い。そうして、ラズルダズルのチケットをオークションで手に入れる連中も後を絶たない。
ラズルダズルの乗船が叶った男たちは、みな、口をそろえて豪華絢爛な空中飛行を夢中で語り、地上では触れることの出来ない美しい女たちを自慢する。つまり、地上から奇跡的に確認できるこの飛行船は、正に男たちの憧れの場所であり、垂涎の極みなのだろう。

「来たぞ、今夜のジュエリーのお出ましだ」

ジュエリー。それは今晩に限らず、乗船する全ての者の目当て、ショーキャストの称号。
ミラーボールに反射した光は、それこそ宝石のような煌めきをまとって舞台を照らしている。まるで、星が迷い込んだと錯覚するほど眩しい光に満ちている。そこに現れるのは、透けるほど薄い布をまとった全裸の女。

「ダイヤだ!!」

先頭の一人が叫べば、瞬く間に、会場の空気は惚けた男の巣窟に変わる。

「今夜はダイヤか、ついてる」

「四妃(よんひ)の中でも一番の人気者に当たるとは、嬉しいねぇ。おい、そこの店員、ダイヤにチップだ」

不規則なリズムと音楽に支配された空気をさらい、舞台に現れたダイヤという女性に会場の人々は興奮した声でチップを飛ばす。
それもそのはず、ラズルダズルの看板、宇宙一の美女といわれる彼女をひとめ見るために、あわよくば抱くために、ここにいる乗客たちは馬鹿高い会員費を払い続けている。そのため、白シャツに黒の短パンという動きやすい格好をした店員が横行していても、客は空気や調度品と同じ認識しかしてこない。あるいは、歩くメニュー表か。

「お、ちょうどよかった。お前、ここの従業員だろ。酒持ってきてくれ」

「おい雑用、こっちにも酒だ、酒持ってこい」

「ダイヤを見ながら飲む酒は格別だ」

「あははは、違いない」

酔っ払いたちの合間を縫いながら、メレーは飛んだチップを回収する。チップの形がコインだろうが、紙幣だろうが、一枚残らず回収しなければ後が怖い。
それなのに、女の胸や股を食い入るように眺める男たちは、酒を持って来いという。もちろん、注文を聞き、酒を届けるのも仕事の内、断ることなど出来やしない。
特に、月に一度の試乗日は教養のある金持ちよりも、行儀の悪い参加者の方が目立つ。

「くそ、あのトカゲやろう邪魔だな」

「よせ。ここは不可侵領域、追い出されるのはゴメンだ。ダイヤを拝めただけでも、今夜は最高だ、そうだろう?」

比喩ではなく、二足歩行の巨大な筋肉トカゲが目の前にいれば、そういう気持ちも理解できる。ある者はバカにならない会費を払い、ある者は違法に獲得した乗船チケットを使い、今夜の船に乗っている。それなのに、巨大なトカゲとは、ご愁傷さまの一言に尽きる。
舞台上を踊る美女のストリップショーを全力で楽しむには、少々邪魔な存在だろう。
現に、まとっていた薄い衣装をほとんど脱ぎ、大股でポールにぶら下がる彼女のすべてを見ようと、トカゲの後ろに控えた過半数以上が前のめりに乗り出している。

「おい、ぼうず」

テーブルに散らばった空のグラスを片づけ、平行に保ったトレーの上にそれらを乗せて引き下がろうとしたところを一人の客に呼び止められた。
ぼうず。そう呼ばれると、若干、プライドが傷つく。
確かに、男の視界を悦ばせるには胸も尻も肉付きが悪く、髪を伸ばしていないと少年と間違われるくらいには女らしくない。とはいえ、これでも立派な成人女性なのだと、もう成長することの無い背丈や胸のコンプレックスを無視して、メレーは「ぼうず」を受け入れた。
ここでの呼び名は様々だが、雑用以外に認識されることのないメレーは「はい」とだけ返事をして、その客人の前に立った。

「ぼうずは、ここの店員か?」

「お言葉ですが、私は坊主ではありません」

「それは、その、すまん。じゃあ、嬢ちゃんはここの店員か?」

「…………はい」

「ボスをよべ」

呼べといわれて、素直にボスを呼ぶには、いささか躊躇いが生まれる。
目の前の男は屈強に鍛えられた身体を持ち、大きな剣を背負っているが、その左目は義眼で、右腕は肩から機械式の義手が剥き出しになっている。
無作法に伸びた髪をひとつに束ね、首からぶら下げたドッグタグと無愛想な口調。どこからどう見ても殺し屋のアッシャーで間違いないだろう。
メレーは極力気付かないふりをして「ボスは乗船しておりません」と、マニュアルを口にした。

「カリナンがこの船に乗っているのは知っている」

「そうは申されましても」

クレーマーの方がまだ良かったかもしれない。
ボスを名指しで指名する殺し屋に目を付けられた現実を呪う。
殺し屋のアッシャーが「呼べ」という雇用主のカリナンは、いい噂を聞かない。ラズルダズルには不自然な連結装置があり、それが空賊「トリリアン」号との連結装置になっているという噂があるほど、仄暗い噂は後をたたない。
カリナンが殺し屋に命を狙われる理由。そんなもの、考えなくても想像がつく。
カリナンの首には悪事の働きすぎで、賞金がかけられている。賞金稼ぎ、殺し屋、目的は違えど狙うものは同じだろう。そして、ラズルダズルに彼らが入ってくるのも、これが初めてではない。
空賊も介入するという、この会員制飛行船『ラズルダズル』の隠し部屋で、カリナンは地上ではできない悪事を働いている。恐らく、今夜も一介の従業員には知らされない「最悪」を遂行しているに違いない。
とはいえ、メレーには関係のない話。
数年前、たまたま出歩いていたショーキャストにスラム街で朽ちていくところを拾われ、縁あって、こうして給仕しているだけのこと。雇用主が悪党だろうと関係ない。生きていくには金がいる。
カリナンが賞金首だとして、寝首をかく度胸もない以上、こうして大人しく給仕しているのが正解なのだ。カリナンの現在の賞金額がいくらかも、いちいち覚えていない。
そして、誰から恨みを買ったかは、カリナンですら覚えていないに違いない。

「このリストにある乗船客も、だ」

殺し屋アッシャーは、胸元の内ポケットから取り出したリストをぺらぺらとめくる。
一枚にひとりずつ。顔と名前と特徴が記されているようだが、たしかに、カリナンが懇意にしている連中ではある。
ただ、それを口にするバカではないと、メレーはリストを胸元の内ポケットに戻したアッシャーを冷たく見据えた。

「乗船者に関しては把握しかねます」

「俺が入場チェックを受けている横からチェック無しで入っていったぞ?」

「入場チェックを受けたんですか?」

「俺や、そこで飲んだくれてる一般客は列にならんで全員受けさせられた」

「………通ったんですか?」

「チケットがあったからな」

「………はぁ」

浮上前に厳重な入場チェックが行われているとはいえ、この手のタイプは時々侵入してくる。ボスが悪党で賞金首なのだから賞金稼ぎや殺し屋の顔くらい把握しとけよと思うのだが、世界中にゴロゴロいる殺し屋や賞金稼ぎの顔を全員覚えろというのは「普通は無理」だそうだ。
だけど、今回は相手が悪い。
メレーは、不運にも接客しなければいけなくなった現状を愛想笑いで乗り切ることにした。

「ボスは乗船しておりませんので、次のドッグで下船ください」

何とか平然を装って告げたのに、ちょうど舞台のダイヤが全裸で開脚したのと同時で、メレーの声は周囲の歓声にかき消される。
最悪でしかない。
ガシャンと割れるグラスの音。飛び散る酒の泡を横目に、吹き飛んできたのは巨大なトカゲ星人。しかもボスの居所を尋ねるアッシャーのテーブルを破壊しながら床に落ちた。

「てめぇ、さっきから邪魔なんだよ」

「いってぇな。誰だ、今俺様の足を踏んだのは」

「ダイヤが見えねぇ。全員消えろ」

「うるせえ、ガキは家に帰ってママの乳でも吸ってな」

本当に、最悪でしかない。
荒くれ者が集うと、何かのきっかけで乱闘というのは、簡単に引き起こされる。
ラズルダズルは、軍も警察も介入できない秘密の航路を行く。会員制というだけあって、大抵は行儀の良い客が多いが、時々こうして風情のない人種が入り込む。

「お客様、それ以上は……」

マニュアルで指定された対応は、一度声をかけ、会話が出来ない状態であれば即刻排除。夜空の海に放り出す。会話ができる状態であれば、別室へご案内。そして、夜空の海に放り出す。
見せしめか、そうでないか。二択はどちらも同じ世界に通じている。さらに事態の収集が困難な場合は、空賊「トリリアン」が来るそうだが、メレーはまだ一度も拝んでいない。
どこの地上へ落下するかは知らないが、時々人が降ってくるとニュースになる出来事は、ほとんどがこの船から放り投げられた成れの果てだろう。
ところが、今回ばかりは様子が違った。

「…………ヒッ」

乱闘騒ぎを知らせる合図を出すよりも早く、メレーは身柄を拘束されていた。

「悪いな」

本当に悪いと思っているのか、それは謎でしかない。殺し屋のアッシャーに後ろ手に捕らえられ、首筋に刃物を充てられて、壁の方まで引きずられる。
目の前は収集のつかない乱闘騒ぎ。他の「お嬢ちゃん」が知らせたのだろう、行儀の悪い客を夜空の果てに放り出すカリナンの部下たちが事態の把握に姿を見せていた。

「案内しろ」

耳元でささやかれる低い声と鈍色に光る刃物の冷たさに、メレーはごくりと喉を鳴らして小さく頷く。ここで殺されるか、あとで殺されるか。それなら後の方がいいと、メレーは身体を拘束してくるアッシャーの指示に従うことにした。

「静かなものだな」

客用のホールとは違い、従業員用の廊下は静かで暗い。煌びやかな世界も裏はこんなものだと、メレーはアッシャーを引き連れながら静かに進む。正直、どこへ向かっているのか適当だった。
普段は反対側の「安全圏」と呼ばれる生活区域しか立ち入ることを許されていない。
今現在、アッシャーを引き連れて歩いている場所は、初めて踏み入れる未開の場所。以前、好奇心に駆られて一線を越えようとしたらムチで百回打たれて、三日間の飯抜きだった。「脅されて、仕方なく」その名目があれば、死ぬ前に心残りのひとつでも解消できるだろうと開き直っているだけのこと。

「止まれ」

好奇心丸出しで歩いていたところ、警戒心がよほど薄れていたのだろう。突然、アッシャーに拘束されていた紐を引かれて、メレーは足を止める。
見れば、目の前の廊下に隣接する部屋の扉から明かりが漏れ、わずかな光の道となって足元が照らされていた。しかも、人の声のようなものが聞こえてくる。

「カリナンの部屋か?」

静かに声を落としたアッシャーの問いかけに、メレーは首を傾げることしかできない。
正直、カリナンを船内裏で見たことはない。
メレーは女として商品にならないと思われているらしく、いつも仕事と雑用ばかりで、ショーに出る女たちですら交流は少ない。
特に、ストリップショーに出演する四妃であるダイヤ、ルビ、イア、翠玉の四人。彼女たちは日替わりでショーに出演し、出演日以外は飛行船の自室で好きに過ごすが、メレーからしてみれば雲の上の存在で、チップを投げる客と立場は何も変わらない。
その中でもダイヤは一晩で一億は稼ぐといわれ、そんな一攫千金を夢見た女たちが出稼ぎに来ることもある。大抵は長く続かず、一か月もすれば、みなどこかへ消えていく。
どこへ消えていくのかを考えたことはなかった。
だから、わずかな扉の隙間から覗いた室内の光景に、目を疑ったのは言うまでもない。

「……ッ……ぁ…」

室内には天井から床までを繋ぐ五本のポールが立ち並び、そこに口枷をつけた女たちがそれぞれ縛られ、全裸で吊るされている。その中には、先日搭乗したばかりの顔もあり、誰もが虚ろな表情でぐったりと意識を失っているようだった。

「オークションか」

メレーよりもアッシャーの方がこのような光景に耐性があるようで、瞬時に状況を把握している。アッシャーのいうとおり、ポールの前には複数の観客がいて、時々手を挙げて値段を競い合っているような仕草をしていた。
一人目の女が落札され、二人目の女に移行する。何度か見たことがあるカリナンの部下が二人目の女の元に近づいていくのが見えた。何をするのかと思えば、女の足を広げ、細部が観客に見えるように光を当て、それから詳細を口頭で説明していく。
身長、体重、出身、健康状態、性格。大まかにはそういう内容だが、胸や性器の特徴などが入ってくると心中穏やかではいられない。

「おい、メレー。そこで何をしている」

「…………え?」

振り返った瞬間、そこにいたのはアッシャーではなかった。

「キャッ」

巨人トカゲの撃退が終わったのか、カリナンの部隊は戻ってくるなりメレーを掴み上げ、覗いていた室内に放り投げる形でぶち込んだ。
当然、客を含めた室内の全員が転がり込んできたメレーの存在に着目し、一体何事かと眉を顰める。その中に、この飛行船の持ち主、カリナンはいないようだった。

「それも出品物かね?」

眼鏡の奥でイヤな笑みを浮かべた客のひとりがメレーを眺めて問いかける。
出品ということは、やはりアッシャーの言った通り、ここは女を売買するオークション会場なのだろう。今の時代、人身売買は禁じられている。消えていく女の理由をこんな形で知りたくはなかったが、なぜだろう。
メレーは自分とは無関係だと、安全の確証を持っていた。

「少年、いや、女か?」

「メレーは女です。が、こいつは女として金になりませんよ。胸も尻もない、美人とも言えない」

ほらね、と思う。自分の価値は他人に評価されるまでもなく知っている。ポールに繋がれた綺麗な女たちと自分を見比べて、そうだそうだと納得する。だから、出品されることもなければ、命も保証されていると、どこかで信じていたのかもしれない。

「こいつが綺麗なのは臓器くらいで、買い手を探しているんですが、年齢が中途半端でして」

はははと笑うカリナンの部下の説明に、メレーは言葉を失っていた。

「一応、未使用品として付加価値は残しています。まあ、肌は綺麗なんで、ホールマークなんかは映えるかもしれないですね」

「……ほぅ」

「お気に召したなら、調教してお渡ししましょうか?」

「待て、未使用品なら、さばいて分けた方が金になる。貴族共は綺麗なものを欲しがるからな」

「お買い求めいただけるなら、性奴隷でも臓器でも我々はどちらでも結構ですよ」

現実を認識できないメレーを無視して流れが進んでいく。
呆然としている間にオークションの競売にかけられ、他の女たちと同じ、ポールのある場所に並べられる。そこから観客席を眺めて、初めて、メレーは自分が置かれている状況を理解した。
政治家や医者を初めとする上流階級の有名人たちもいれば、カリナンと同じ空賊を本業とする賞金首まで、見たことのある顔ばかり。何千といる会員の中でも一桁、二桁の会員ナンバーを持つ連中は、いつもビップルームへ招かれるが、なるほど、ここがそのビップルームなのだろう。賞金稼ぎなら一攫千金を得る機会かもしれない。そこで思い出す。こんな状況を招いたアッシャーはどこへ行ったのか。

「メレー、お前にしちゃ、いい値がつきそうだぞ」

進行役らしいカリナンの部下が、そっと耳打ちしてくる。
いらない情報で、聞きたくない情報だが、事実、金額はそれなりに高騰しているようだった。

「ん、そういやお前、なんで縛られてるんだ?」

今さら男はメレーが後ろ手で縛られていることに気づいたらしい。後方の部下に「こいつを縛ったか?」と目だけで会話しているが、誰もが首を横に振る。当然だろう。縛ったのはここにいないアッシャーとかいう殺し屋で、メレーが言い訳に利用しようと思っていた男でもある。

「まあいいか、手間が省ける」

本当にそう思っているのだろう。商品としか思っていない人間に、自我があっては困るに違いない。事実、ポールに縛られている全裸の女たちは薬でも盛られたように意識がない。
性奴隷として調教。その言葉が本当であれば、彼女たちに施されたものが薬だけであるとも思いにくい。奴隷にするか、臓器にするかは客次第といったところだろうか。
それにしても、何時間こうしているのだろう。いや、覗いた時に二人目のオークションが始まったばかりだったことを考慮すれば、まだ始まってそれほど時間が経っていないのかもしれない。

「ジュエリーのショーの間に終わるか?」

意外と白熱し始めた競売合戦に、カリナンの部下はどこまで値上げを待つか考えているようだった。

「ダイヤが舞台にあがって何分経つ?」

「先ほどの乱闘騒ぎで仕切り直したからな。まだ一時間くらいは残ってるんじゃないか?」

そうかと小さく頷いて、懐中時計を胸元から取り出し、時間を確認して男はまた顔を客席に戻した。そこでひとつ違和感が生まれる。

「人数が減ってないか?」

明かりはメレーに向いているので、必然的に客席の顔は見えにくい。目を細めて参加者の配置と自分の記憶の中を照らし合わせているのだろう。けれど、そのうちにどうやらもう一人、姿を消したようだった。

「…………は?」

再度、今度は指をつかって数え始めようとした所で、またひとり姿を消す。
部下、参加者、部下、部下、参加者、部下、参加者、参加者、参加者。自分の指がさす場所から人が消えていくのが恐ろしくなったのか、メレーの隣に立つカリナンの部下は指先を震わせて最後のひとりとなった自分を示す。

「お、おまえ、は…………ッ」

メレーの視界に鮮血の弧が描かれる。
首を切られて血を噴きながら後ろ向きに倒れていくのは、先ほどまで息をしていた男で、カリナンの部下で、オークションの進行役。ようやく目立つ役者が殺されたことで、会場は事態を認識した。
しかし、すでに目撃者は全員、死体となって転がっている。
ただひとり、メレー以外は。

「………アッシャー」

血だまりの滲むオークション会場で、肉塊の海にたたずむ影が姿を見せる。機械式の義手である右手に大きな剣を持ち、ひとつに束ねた無作法に伸びた髪と、首からぶら下げたドッグタグを揺らして、返り血に塗れた義眼を光らせる。

「お嬢ちゃん。無事か?」

相変わらず無愛想な口調で癇に障る。
アッシャーは屍が累々と横たわる異様な室内で、ポールに縛られていた女たちを解放し、床に寝かせるついでにメレーを縛っていた紐を切った。ようやく自由だ。けれど、今日は厄日の極みだ。
アッシャーは殺してしまった顔と取り出した紙をめくりながら一人ずつ照合している。
きちんとリストにある顔を殺したかは、照合が必要なのだろうが、この人数だ。一人ずつ物色している時間はとっていられない。というか、この男は誰を殺したか気にしていないのか?
メレーの中に疑問が生まれる。
あれだけ静かに、音もたてずに始末していった基準が「感覚」なら恐ろしい。やはり、この男が鬼門だ。そう断言できる。

「…………最悪だ」

メレーの呟きは血の海に沈む顔と、首を捻ってリストを繰り返し眺める男の背中を見つめていた。
アッシャーが皆殺しにしてしまった会員や部下は、カリナンから報復されるには充分の面子で、呑気に暗殺者リストを眺めている余裕はないに違いない。

「メレー、お前、この裏切者が!!」

騒動を知ったカリナンではなく、この飛行船を任されているカリナン直属の部下スウェロが、散弾銃を持った複数の部下を引き連れて部屋のドアを蹴破ってきた。
なぜ、自分が裏切者扱いされているのか。手引きしたと疑われている現実を涙なくして語れはしないが、主役になれない脇役にはこれが妥当なのだと、メレーは直立する。

「よりにもよって乱獲王を招き入れるとは」

頭に血が上り、興奮した声を荒げるスウェロの睨みで、直立したメレーは可哀想なまでに震えていた。

「やれ」

告げられた死刑宣告に散弾銃の音が鳴り響く。それで終わりだと思っていた。実際、終わったと思っていた。ぐしゃりと力を失くして腰から崩れ去ったメレーは、乾き始めた赤い血が肌に触れるのを知る。
どろりとした鉄の匂いが鼻をついて、込み上げてくる嗚咽を床にばらまいた。

「お嬢ちゃん。無事か?」

この状況で、変わらない仏頂面に返せる言葉が見当たらない。

「あ、あんたのせいよ!!」

あれだけの銃弾に対し、剣を盾にして、義手で弾いたことを感心している場合ではない。瞬殺する姿を見て、乱獲王とはよく言ったものだと、感心している場合でもない。表舞台はきっと、宇宙一の看板娘のストリップショーが終盤を迎え、乗船者たちは胸を躍らせていることだろう。夢見心地に今夜の出来事を語るだろう。
裏の舞台で赤く染まる血の海が広がろうと、目撃者がいなければ、誰もそれを知ることはない。

「す、すっ、スウェロを殺してどうするの!?」

「恋人だったか?」

「バカなこと言わないで。スウェロが死んじゃったら、カリナンが報復にやってくるじゃない。カリナンは仲間の死を許さない。空賊との癒着だって噂があるし、明日からどうやって生きていけばいいのよ!!」

見当違いのことを真剣に問いかけてくる巨大な殺し屋に、メレーは訳もなく罵倒し続けていた。どうしてこんなことをしたのか、どうして私を巻き込んだのか、どうしてくれるのか、責任をとってほしいと詰め寄っていた。

「そうは言われても」

困ったような顔でアッシャーは背中に剣を戻し、頬をかく。これでは最初に会った時と真逆だと、メレーは戻ってきた腰の感覚に立ち上がり、血濡れた両手でアッシャーのドッグタグを掴んで顔を引き寄せた。

「どういうつもりなの!?」

「す、すまん」

「謝ってすむなら、こんなことにはなっていないのよ。ああ、最悪。カリナンから逃げる人生なんて、私の予定になかった!!」

「す、すまん」

謝るしか能のないアッシャーは、ドッグタグを握りしめるメレーの手をやんわりと退け、憤慨するメレーを無視して、またリストと死体を照合し始める。ときどき頭をかいているが、返り血に濡れた義眼を拭くという行動は思いつかないらしい。

「そのリストのやつは全員いるわよ」

「え?」

「なによ」

「わかるのか?」

「そりゃ、目の前で何度もぺらぺらめくられたらイヤでもわかる。あんたが殺しちゃう前に全員の顔はここから拝んだし、間違いない」

ぽかんという表現がぴったりだろう。アッシャーは少し驚いた顔でメレーを見つめ、それから「んー」と考える仕草をして「お」と何か閃いたようだった。

「カリナンから逃げるのに、いい手がある」

「ほんと?」

ぱぁっと輝いたメレーの顔は、次の瞬間、不満に歪む。

「ちょうど助手が欲しかった。俺は助手が欲しい。お前はカリナンから逃げ切りたい」

「助手って、わ、キャッ」

どこが名案なのか。しかし、考えている時間は、今度こそ本当になくなった。
侵入者を知らせる緊急ブザーが鳴り響く、そして速度を緩めたラズルダズルの横に巨大な飛行船が近づいてくる気配がする。噂が本当なのであれば、この振動はきっと、空賊「トリリアン」号が連結する振動だろう。

「命の保証はあるんでしょうね!?」

「ああ。助手になるなら、な」

「最悪、最悪、最悪。あー、もう、ほんっとついてない。ちゃんと守ってよね!!」

「交渉成立だな」

パンっと合致した手は左手だったが、義手と義眼に加え、乱獲王などという異名を持つ殺し屋とパートナーになる不安は消えない。
それでも今ここに、メレーが選べる選択肢はひとつしかなかった。

「は、え、ちょっとどこに行くの!?」

突然担がれ、血の海を抜けて「安全圏」に向かってアッシャーは駆けだす。女の園とも、金稼ぎ場とも揶揄される飛行船の後尾は、アッシャーとメレーの姿を見るなり悲鳴をあげて道を譲っていく。
それもそのはず。基本的にショーのジュエリーを目指す女たちは、夜は全裸で過ごし、客を引くか、ストリップの練習をしている。そんな場所で血なまぐさい熊みたいな男を見れば誰だって悲鳴をあげる。

「迷った、か?」

「アッシャー、もしかして脱出用の出口を探してる?」

どうやらアッシャーは、殺し以外に能力がないらしい。はぁっと担がれた状態で、込み上げてくる頭痛をおさえたメレーは指をさしてアッシャーに来た道を戻るように告げた。

「メレー!?」

「ダイヤ、姉さん―――」

指をさした先に、薄い衣をまとった美しい女性が驚いた顔で立っている。ショーが終わり、何の騒ぎなのか見に来たに違いない。その瞳が心配そうに揺れたのをみて、メレーは言いようのない感情が湧いてくるのを自覚していた。

「―――私」

「いたぞ、あの女だ」

不可侵の掟を破り、武装した男たちが遠くにみえる。アッシャーは大きいから、その高さに担がれているとよく見える。
戻るにしても万事休す。
メレーはどうするべきかと混乱して涙を浮かべた。

「………こっちよ」

メレーが何かを口にする前に、ダイヤは全てを悟った顔をして、船尾の奥へと案内を買ってでた。
本能というか、勘で生きるアッシャーは、メレーを担いだままダイヤの後に続いていく。妙な静けさを感じるのは、誰もが関係者になることを恐れて、息を潜め、目の前を通りすぎていくメレーたちを見つめているからに他ならない。

「ダイヤ姉さん。姉さんまで巻き込めない」

じたばたと暴れるメレーの声だけが仄暗い飛行船の奥、ダイヤの自室、その先の扉の前まで案内される。

「遊び用の船だから本当に脱出することしか無理だろうけど」

「心配ない」

開いたそこには、小さな船が一艘。ダイヤとの旅行気分を楽しむために、客が取り付けさせた小型船だろう。
男女一組であれば、落ちるくらい多分「もつ」。

「メレーをよろしく頼むわ」

「ああ、わかってる」

「……ダイヤ姉さん?」

「ここは、この船で唯一の安全圏よ。誰にもあたしの可愛い妹を傷付けさせない」

腕を伸ばして爪先立ちで、ふわりと額にキスをしてきたダイヤの瞳が間近に見える。

「メレー。ジュエリーたるもの、サヨナラは言わない」

かつて、崩壊していく世界の片隅で「今日からメレーはわたしの妹よ」とこの船に連れてきてくれた人との別れ。

「姉さん、私」

今度は少し下に見えるダイヤの指がメレーの唇をふさいだ。

「いってらっしゃい」

夜の男たちが一晩に、いくら払うのか。金で買えないとすらいわれるダイヤの姿がにじみ、歪んでいく。けれど、メレーではどうすることも出来なかった。
アッシャーは墜落するしか機能しない小型船にメレーごと飛び乗り、出立させている。
ラズルダズルが上に上に昇っていく。
しばらくして、空賊船トリリアント号が連結を解除するのが見えたが、雲の下に突入した小型船を見つけることはできないだろう。

「………いってきます」

星さえも見えない分厚い雲が晴れたら、また、知らない世界がそこにあるに違いない。それでも今は、本能で生きているらしい殺し屋アッシャーと一緒に、行けるとこまで行くしかない。
旅は道連れ。いつも人生の転機は何の前触れもなく突然訪れる。
助手はいやだけど。と、メレーは少しだけ笑って、前を向くアッシャーの肩に手を置いた。

(完)

あとがき

SFの世界を意識して書くのは初めてなのに、面白そうというだけで参加してしまった。快く迎えてくださった主催様に感謝です。ありがとうございます。
アダルトな世界が大好きなので、色々考えて、飛行船と風俗を掛け合わせてみた結果、こうなりました。ストリップショーはあくまで前座。客は数いるジュエリーたちとの時間を楽しむのですが、今回はそこではない部分に触れてみました。
ラズルダズルは「ばか騒ぎ」や「ギラギラ」といった意味があります。登場させた名詞は宝石関連から拝借しています。好きなものを詰め込んだ感じはありますが、色んな妄想の種を植えられたらと思いつつ。
いつもと違った作品の雰囲気を感じていただければ、それでよし!

プロムナードとは

遊歩・散歩を意味するプロムナード。「日常の中にほんの少しの非日常を」というコンセプトを元に、短く仕上げた物語たちのこと。皐月うしこオリジナルの短編小説置き場。

※文字数については各投稿サイトごとに異なる場合があります。
※読了時間については、1分あたり約750文字で計算しています。