薄桜鬼10周年記念 その七「山南敬助」

はじめに

ここでは、オトメイト様より発売中の「薄桜鬼」をもとに小説を作成しています。アニメ版薄桜鬼やファンソフトは未playなため原作寄りです。
版権の二次小説に関しては著作権はゲーム会社にありますが、文章及び、表現内容に関しては当サイト管理者である皐月うしこにあります。リクエスト等は受け付けてません、キャラ違い等の苦情も一切受け付けませんので、ご理解下さい。
基本的に千鶴総受けですが、甘さは濃くありませんので、濃厚な内容をお求めのかたは戻られることをオススメします。

名前変換もありません。

とにかく、趣味の範囲で作成してますので、ご理解お願いします。

小説:秘めたる思い

視点:山南 敬助

一体いつからなんでしょうね。
こうしてあなたを追っている自分に気付いたのは。

「山南さん」

わたしを呼ぶ彼女の声は、変わらない。
変わってしまったのは、わたしの方なのに、彼女が変わってしまったように見えるのが不思議でしょうがない。これを愛しいというのでしょうが、今のわたしにはもう、そのような言葉をつぐ資格は、ありません。
異質であって固執しているのは、わたし。

──弱かった。

強くなりたくて、もう一度あの頃のように傍にいたくて───

「けれど、それはもう叶わないのですね」
「山南さん?」
「ああ、すみません。なんでしょうか?」

ついつい考え込んでしまったようですね。雪村く…いえ、心の中では、せめて千鶴さんと呼ばせてください。羅刹になったわたしのもとに、こうして笑顔で走りよってくるのは、もう彼女だけになってしまった。嫌味を言うつもりはないのですが、どうしても押さえきれない苛立ちが、言葉の刺となって発してしまっているうちに、かつての同士すらもわたしを遠巻きに見るようになってしまった。

千鶴さん。

あなたがこうしてわたしのもとに来てくださるのが嬉しいと、そう思ってしまうのはやはりいけないことでしょうか?

「……んですけど。って、山南さん?」
「…ああ、すみません」

最近、どうもおかしい。
首をかしげる千鶴さんの瞳にうつるわたしの姿は、以前と変わらないのに中身が徐々に他人に支配されていくように感じる。

「体調が悪いようでしたら、横になられた方が……」

遠慮気味な声がすぐ傍で聞こえる。

「いえ、ご心配には及びません。申し訳ありませんが、もう一度おっしゃっていただけませんか?」
「あっはい。えっと……。今夜のお豆腐なんですけど、湯豆腐か揚げ出しかどちらがよろしいか聞きにきたんです。
山南さんは、どちらがよろしいですか?」
「わざわざ、そんなことをわたしに?」

驚いた表情のわたしに千鶴さんは、笑顔で頷く。

「どちらでも構いませんよ」

苦笑混じりに答えれば、彼女はウーンとそれこそ真剣に頭を悩ませる。

「みなさんと同じでかまいませんよ」

助け船を出すつもりで、そう口にしたのに、「いえ、山南さんに最初に聞きにきましたから…」と、千鶴さんまでも苦笑した。

「わたしに?」
「はい」
「なぜですか?」
「なぜって…」

怪訝そうなわたしに気付いたのかは、わかりませんが、千鶴さんは言いにくそうに言葉をつまらせた。

「そんな、病人みたいに扱わないでください」

ああ、また言葉に刺を含ませてしまう。

こんな風に彼女を傷つけたくはないというのに。

「あっ…違うんです」
「何が違うんですか?」

キツくなる声を押さえることが出来ないのに、

「ただ、少しでも好きなものを食べれば、山南さんが笑ってくださるんではないかと…」

千鶴さんの声がとても優しくて、

「最近、あまり笑って下さらないですから」

悲しかった。
自分でも押さえることの出来なかった苛立ちが和らいでいることに気付くと、自嘲気味に笑いがもれる。それをどう勘違いしたのか、「余計なお世話でしたよね。申し訳ありませんでした」と、千鶴さんは、頭を下げて謝った。
最近では特に、このような素直な気遣いに慣れていないせいか妙に嬉しく感じる。

「わたしの方こそ、申し訳ありませんでした。あなたの心遣いに感謝しますよ。ありがとうございます」

自然な笑みをこうして他人に向けたのも久しぶりで、「いえ」と、笑い返してもらうことが懐かしかった。

「では、みなさんに聞いて決めますね」

再度頭を下げてから去り行く彼女をひきとめる。

「湯豆腐が食べたいですね」

驚いて振り向いた彼女が、「はい、わかりました」と、本当に嬉しそうに笑う。
去っていく彼女の後ろ姿を見つめながら思う。
本当に、いつからなんでしょうか。
ああして笑う千鶴さんを見ていると、かつての自分に戻れたような錯覚を覚える。
けれど、夜がくれば同じこと。
日がたつにつれて、わたしはわたしでは無くなっていく。

こんな気持ちも、徐々に薄れて忘れていく。

怖くて、不安で。

でも、こうなることを承知で薬に手を伸ばしたのは、わたし。使い物にならなくなった左手を剣客として死んでしまった自分を取り戻したかった。
またみんなに必要とされたかった。
屯所で笑う彼女の声も姿も耳に入るのに、こうして影から思うことしかできない。みんなの傍にいられることが羨ましくて、そう望んで手を伸ばしたのに、わたしはこうして一人になってしまった。

「まったく、わたしは何をしているんでしょうね」

ため息が出たのは、もう何度目だろうか。
わたしのこの行き場のない気持ちを理解してほしいとは、いいませんが、せめて胸に秘めた思いを聞いていただきたいものですね。

「それこそ、伝えられない…か」

わたしに笑顔をむけてくれる彼女を、心配と気遣いを見せてくれる彼女を傷つけてしまう日が来るのでしょうか。

───血が欲しい。

ああ、また別の誰かがささやく。

──彼女の血が。

それだけは、できない。

──千鶴さんが──

思いまで暴走させたくは、ないんです。

──欲しい。

だから、どうかお願いします。
いつかわたしがあなたを傷つけてしまう時がくる前に、わたしが薬の暴走を止める手立てが見つかりますように。

「山南さん?」

千鶴さんの声が、今日もまた、

「大丈夫ですか?」

わたしを現実にとどまらせてくれる。

「はい」
「そうですか?食事の支度ができたのですが」
「ありがとうございます。さあ、行きましょうか」

まだ、わたしがわたしでいられる間に、少しでも傍にいたくて。

いてほしくて。

「いつも、ありがとうございます」

伝えられる範囲の言葉を伝える。

「そんなっ。わたしは、何もできていません」
「おや。そんなことはないですよ?いつも助かります」
「そうですか?そういっていただけると、嬉しいです」
「わたしは、嘘はつきませんよ」

たとえ、交わることの叶わない運命だとしても、こうして彼女と出会えたこと自体が幸せなのだから。

「山南さんに、わたしもたくさん助けていただいてますよ?」
「また、君は口がうまいですね」
「ほっ本当です」
「無理は、おっしゃらないでかまいませんよ」
「嘘はつきません」

同じ言葉なのに、どうしてこうも響き方が違うのでしょうか。

「千鶴さん」
「はい。…って、えっ?」
「愛してますよ」
「ええっ!?」

うろたえる彼女を背後で感じながら、わたしは進む。

もう、立ち止まることはできないから。

ただ、行き着く先まで。

「さっ山南さん。待ってください」

たとえ千鶴さんが、ひき止めようと、わたしはもうわたしではいられないのだから。

《完》

あとがき

原作では攻略対象ではない山南さん。好きなんですよ、私。こういうメガネの頭がよい脇役キャラ大好きです。その思いだけを込めて作られた小説ですね。