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読切「元は白のワンピース」

概要

2022年7月に個別頒布されためめもり様主催の「トーンアンソロジー『ポメラニアントーン』」参加作品となります。
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元は白のワンピース

読み:もとはしろのわんぴーす
公開日:2022/07寄稿
ジャンル:現代ファンタジー
文字数:約3300字
読了時間:約5分
タグ:異種・趣向/雰囲気/現代/トーン

Story愛くるしいポメラニアンが散りばめられた「ポメラニアントーン」と呼ばれる背景画像の描写が必須のアンソロジー参加作品。

本編「元は白のワンピース」

 清々しいほど心地よい休日の朝。
 一緒に出掛ける相手どころか外に出る予定すらない休日だが、勿体ないと思えるくらいには思考がスッキリしている。
 社会人三年目。二十五歳にもなって、一人暮らしの生活も落ち着いてきた初夏の入り口。
 いつもは頭を抱えて起きる目覚めも驚くほど爽快で、顔を洗ったあと、鏡に映る姿も数割増しで可愛く見えた。こういう日は新品のまま放置していた真っ白な服を着てみたくなる。
 出来る女を演出してくれる純白のシャツワンピース。デートにも、合コンにも、オフィスにも、女子会にも。一枚でサマになるからと店員に勧められた記憶が懐かしい。

「うん、可愛い」

 脱ぎ散らかしたパジャマは視界にいれないことにして、開け放った窓からは気持ちのいい風が舞い込んでくる。
 白いワンピースの裾がふわりと舞って、怠けていた女子力までも目を覚ましたようだった。

「今日はなんだか、いいことありそう」

 音程を外した鼻歌も弾んでいることだろう。近所迷惑にならない程度の音量で口ずさみながら安いアイスコーヒーと期限が切れかかった牛乳を混ぜて作る自家製カフェオレは、マグカップの中で渦を巻いて美味しそうな色をしている。
 好みの焼き色がついたトーストも、塗ったバター風味のマーガリンも、お気に入りのジャムの配合も完璧。
 外に出る予定はなかったけれど空は雲一つない素敵な青だし、せっかく着替えたのだから無理矢理予定でも作ってみるかと何気なくテレビの電源を入れてみる。

『今日は全国的に良い天気です』

 見慣れた天気予報を告げるお姉さんが笑顔で喋っている。
 パンをかじり、カフェオレを飲み、またパンをかじる。そうして半分無意識に聞き流していた予報だったが、次の瞬間、咀嚼していたパンの欠片が唇の端から零れ落ちていった。

『ですが、ところにより一部ポメラニアントーンとなるでしょう』

「……は?」

 聞き間違いでなければ、この最高な一日の始まりに最低な言葉を耳にした気がする。
 ポメラニアントーン。
 数年前から突然現れ始めた謎の異常気象。いや、ここは現象というべきか。当時は出現のたびに世間を騒がせ、研究者たちがこぞって議論を繰り広げていたが、今は日常風景の一部に馴染み、誰もが当たり前のようにその光景を受け入れている。
 現代科学では説明できない神のイタズラ。
 突然、何もない空にポメラニアンの模様が浮き彫りになり「白」を染める。
 つまり天気がいいからと真っ白のシーツでも干そうものなら、何の気まぐれかわからないポメラニアントーンが出現した場合、そのシーツはもれなくポメラニアン柄になるという恐怖の天災である。

『ポメラニアントーンに遭遇した際は傘が効果的な回避方法の一つですが』

 お天気お姉さんは少し困った顔で原稿を読み進めている。
 それもそうだろう。絶好のお出かけ日和ともいえる休日。異常気象を逆手にとって染色を願うトーン業者ならいざ知らず、一般市民には迷惑なことこの上ない。
 まあ、天災は気まぐれ。どこでも簡単に見られるものではないので、カメラを構えてチャンスを狙う人は一定数存在することは認めよう。けれど、今日、現在進行形で「新品の白」を着たばかりの張本人にとっては迷惑な話以外の何物でもなかった。

「……さいあく」

 唇の端から零れ落ちていったパンくずが床に散らばる。
 空は雲一つなく、最良のスタートをきった一日が無駄に終わる気配しかない。

「えー、まじでポメラニアンになんの?」

 誰にでもなく呟いて、携帯片手に検索を始める。
 住んでる地域を「ポメラニアントーン発生率」というアプリにいれるだけだが、誰が開発したのか、今ではそれが一般人の指標となっているのだから侮れない。
 検索結果は五分五分。降水確率のように五十パーセントの文字の横、太陽マークと斜線で並ぶ可愛いポメラニアンのマーク。
 完全に外出の気分になった瞬間の仕打ちが脳裏に天使と悪魔を呼び起こす。

 天使は言う。
「滅多にない最高の一日よ。外に出るべきだわ」と。
 悪魔は言う。
「ボーナスを奮発して買った男ウケの服が一気にファンシーになるぜ」と。

 いや、実際に囁いたのは逆の台詞かもしれない。だが、しかし。あえていおう、今はどっちでもいいと。葛藤は咀嚼したパンと共にカフェオレで流し込む。
 その合間にも心地よい初夏の風は室内に舞い込んで外の空気を吸わせようとしているのだから、気分はおおよそ決まっていた。

「ちょっとスーパーに行って帰ってくるくらいの時間なら大丈夫でしょ」

 俗にいう「フラグが立つ」という言葉がよぎる。
 だがそれは小説や物語の中の非現実な世界で起こる出来事で、現実世界にはそうそう都合よくコトが運ばないのを知っている。叶ってほしいフラグが一体いくつあっただろう。
 合コンも昇給も望んだ結果にならなかった。
 人生の四分の一を経過した二十五歳。なんとなく現実と空想の境界線は心得ている。

「ビニール傘しかないんだよなぁ」

 結局、靴を履いて外に出ることにした。念のため傘を持参しようと傘立てを見ても案の定、色付きの傘も、日傘もなかった。そこには透明のビニール傘が一本あるだけ。
 透明な傘は意味をなさない。柄は傘の骨だけを避けて白に写り込む。
 自分の家の玄関。そう都合よくポメラニアントーンを阻害してくれる傘は置いていない。

「ま、無縁でしょ」

 正直言って、これだけ世間的に日常の一部に溶け込んだポメラニアントーンでも遭遇したことは一度もない。雪よりも、雨よりも、低い確率で繰り広げられるのだからそれもそうだろう。被害が出るというだけで、それはもはやゲリラ豪雨と同等。
 すぐそこの、通いなれたスーパーに行って帰ってくるだけの数十分。一時間にも満たない時間に遭遇する可能性はアプリで確認するまでもない。

「……と、思ってたのになぁ」

 空は依然、晴天。雲一つない綺麗な青。
 初夏の休日を笑顔で堪能している人々の往来を横目に、全身ポメラニアン柄の女はひとり暗転のタメ息を吐き出していた。

「フラグ回収とかいらないんですけどぉ」

 天災に愚痴をこぼしても仕方がないことはわかっている。わかっていても、こぼさずにはいられない。
 真っ白の新品ワンピース。今は見事なプリント柄。
 二十五歳の女が着るにはあまりにファンシーなポメラニアンが、風になびくスカートに揺れて踊っている。可愛い、けど不釣り合い。
 数分前、スーパーで滅多に手に入らない食材を見つけて有頂天になり、広告の品で欲しかったものを格安で手に入れ、端数の出ない合計金額に思わず宝くじでも買おうかと思ったくらいの完璧具合で店を出た直後、眼前にポメラニアンは出現した。

「……まじかぁ」

 ボーナスで買った真っ白のワンピース。
 生憎、着ていく予定がなさすぎて新品のまま放置されていたワンピース。
 たった一回で、こんなことがあるだろうか。

「いやいや、あんな急にポメラニアンな感じになるとは思わないじゃん?」

 同じスーパーから同じタイミングで出てきた二人組が、親密そうな第三者と遭遇して一言二言交わしたと思った瞬間。突然、柔らかな雲に似た複数のポメラニアンが空に出現し、シャツワンピースは有無を言わさずファンシーになっていた。
 道行く人々が遠慮がちな視線だけを交わしてくれるが、いっそのこと笑ってほしい。笑ってくれた方がまだ心が救われる、はずだ。たぶん、きっと。

「ねぇ、ママ。見て、見て。おねーさんのお洋服、可愛いねぇ」

「え……あ、そうね。ポメラニアントーンがよく映えてるわね」

 名前も知らない小さな女の子の無垢な感情を向けられるだけならまだしも、申し訳なさそうな顔で頭を下げられた見ず知らずの母親には苦笑を返すしかない。
「それ、新品の服ですよね。ご愁傷さまです」と明らかに顔に書いてある。とはいえ、褒められて少しは気分を持ち直した自分も単純といえばそうなのかもしれない。

「とりあえず、記念撮影でもしとくか」

 最高な一日に神様がくれた気まぐれなワンシーン。良いこともあれば、そうでないこともあるかと納得するくらいには大人になった初夏のこと。
 その後、フリマで販売したポメラニアントーンワンピースは宝くじよりも高確率で売れたことを最後に記しておこうと思う。

(完)

あとがき

今まで色んなジャンルの作品を書いてきましたが、まさかトーンを題材に小説を書く日が来るとは思いもしませんでした。それもポメラニアントーンという可愛い背景で。
まずトーンを使用するということが日常生活でもありませんので、どういう風に使われるのかまったくわからない。とりあえず色塗りみたいな感じでポメラニアンが量産できるのだろうという程度の知識しかない状態。そんな無知な私ですが「さあ、これをどう書こうか」と考えてしまった時点で負けですよね。
参加を即決しました。面白そうなことには参加したい性格です。『日常にほんの少しの非日常を』テーマに活動しています、と言えば頷いていただけるでしょうか。
今回はアンソロ参加年齢が二十歳以上ということもあり、働く女性視点での物語にしてみました。自然と気分がアガる日。めちゃくちゃついてる日。誰にでも一生に一度くらいは訪れるんじゃないかって思ってます。ただ、それを本人が「良」とするかどうかは別問題。
他人から見れば羨ましいことでも、当事者からすれば勘弁してくれと叫びたくなることもある。そういう一片をポメラニアントーンという非日常と掛け合わせてみました。
普段は女性向けのエロとか完全逆ハーレムを書いています。夢女です。でも、こういう企画参加系の全年齢対象ものは作風がガラッと変えられるので、これはこれで楽しい。
この企画参加以来、ポメラニアントーンに目がいくようになりました。洗脳されています。
どうしましょうね。意識せずに読んでいた作品の視点が切り替わってしまいました。気付かない世界を知れたことで、また新しい扉が私の中に生まれた気がします。
この出会いとご縁に感謝を。では、またどこかで。ポメポメ。

プロムナードとは

遊歩・散歩を意味するプロムナード。「日常の中にほんの少しの非日常を」というコンセプトを元に、短く仕上げた物語たちのこと。皐月うしこオリジナルの短編小説置き場。

※文字数については各投稿サイトごとに異なる場合があります。
※読了時間については、1分あたり約750文字で計算しています。