見習い魔女の秘密のレシピ(ありふれた魔女たちの日常より)
この作品は、2018年9月発行「ありふれた魔女たちの日常」に収録されました。
その他注意事項は必読を確認ください。

ありふれた魔女たちの日常
見習い魔女の秘密のレシピ
薄暗い室内でゴリゴリと不気味な音が響いている。臨時休業中の魔法堂の奥。向かい合わせの扉にそれぞれ「取込中」と書かれた札がかかっているが、その部屋の持ち主の一人。見習い魔女の片割れは、何やらぶつぶつ呟きながら、机の上で一心にすり鉢を動かしていた。
「竜のしっぽの鱗を六枚」
丁寧に数えてすり鉢に入れた竜の鱗は、先程から時間をかけていただけあって、さらさらと粉砂糖のような細かさを刻んでいる。
「で、次はなんだっけ」
汗をぬぐいながら走り書きのレシピに目を通すと、そこには汚い文字でこう書かれていた。
・竜のしっぽの鱗 6枚
・夢喰い獏(バク)の涎 3滴
・新月に咲く徒花(アダバナ)の蜜 瓶に9杯
・星を閉じ込めた窓ガラスの破片 大小10枚
・一角獣の角 少々
よし、と。気合を入れて、見習い魔女は星を閉じ込めた窓ガラスの破片を十枚取り出すと、先程竜の鱗を砕いたすり鉢に投入する。すり鉢をゴリゴリかき混ぜるたびにキラキラと星屑が散って、ガラスの破片は不思議な色に砕けていった。
「本当にキレイ」
魅入ってしまうのは当然。薄暗い部屋の中で、そのすり鉢からこぼれだす光の渦は、それを見つめる見習い魔女の瞳さえキラキラと宝石のような輝きを映している。
「ああ、いけないいけない。こうして見惚れていたらガラスに吸い込まれてしまうわ」
一人前の魔女になるために、高額な材料もあれば危険な材料もある。この薬はそれに加えて入手困難な代物も手に入れなければならなかった。
「新月に咲く徒花の蜜は、と」
見習い魔女は鱗とガラスが綺麗に入り混じったすり鉢を脇にやって、目の前にドロリと赤黒い液体が詰まった大きな瓶を持ってくる。その名の通り、新月に咲く魔界の植物から採取された蜜は、高額であると同時に闇市でしか売っていない珍しい代物。それを九杯分、慎重にはかりながら見習い魔女は大鍋の中にドプリと注いだ。
沸き立つ甘い香りが部屋中に充満する。火にかけると焦げやすい素材として有名な徒花の蜜。これから先は、ますます気が抜けない大事な作業になるだろう。
「ここに、夢喰い獏の涎を三滴いれて」
ぽちゃん、と三回。可愛らしい音が火にかけたばかりの蜜の中に消えていく。ゆっくり焦げないように混ぜながら、今度は先程すりつぶした鱗とガラスの粉を鍋へと継ぎ足していく。
ぼわっと、紫色のわかりやすい煙があがって、グツグツと鍋の表面が泡立ち始める。
ここまではよく見る成功の過程。見習い魔女は完成を目の前にして、うきうきした気持ちで鍋の底をかき混ぜていた。
「最後に一角獣の角ね」
これに大した作業はない。細長い角を削り器で数回、鍋の上で揺らすだけ。
アブラカタブラ、ぽん。
「大婆様の秘密のレシピ、出来上がり!」
呪文をかけて、火を止めて、見習い魔女は熱が冷めないうちに出来上がった鍋の液体を小さな瓶に移し替える。
何とも言えない不思議な色。魔界に育つ毒キノコのような怪しい色をしていた。
* * * * *
見習い魔女はそれの成功を確かめるため、部屋の中を見渡して壁に張り付いていたトカゲに目をやる。にやり。いたずらっ子のような笑みを浮かべて、魔女はトカゲにその薬を振りかけた。
すると、ぼんっ!と音を立てて赤黒い煙が部屋中に立ち込める。
「げほっごほっ、ちょっともう、なぁに」
せき込みながら失敗への不安を口にした魔女は目の前を手で薙ぎ払いながら、さっきまでトカゲのいた壁に目やる。そこではサファイヤのように青白く光る羽をもった美しい蝶が一羽、ひらひらと優しく飛んでいたのだから喜びは隠し切れない。
「今度は、こうよ!」
ぼんっと、窓際に咲かせていた白い花は若草色の煙に包まれて、鈍色の小石に変わる。
「やった、やったわ。大成功よ」
窓の外ではすっかり満月が浮かんでいる。
「望む者の姿になれる」魔法の薬。帰ってきた大婆様はきっとビックリするだろう。一人前の称号を得られるのは自分だと、見習い魔女は自分にも振りかけて扉の外へと飛び出した。本来の自分とは違う別の姿で。
(完)
Tales Recordとは
皐月うしこの童話みたいな短編置き場。「今日もこの世界のどこかで生きている」をキャッチコピーに綴ります。なさそうであり、ありそうでない。そんな狭間の物語です。


