私が魔女にならない理由(ありふれた魔女たちの日常より)
この作品は、2018年9月発行「ありふれた魔女たちの日常」に収録されました。
その他注意事項は必読を確認ください。

ありふれた魔女たちの日常
私が魔女にならない理由
良く晴れた午後の昼下がり。ナンリャスカ通り三番地。
古いながらも石造りで可愛いアパートが立ち並ぶ一角は、彼女のお気に入りの場所だった。近所でも有名な容姿は、黒い髪に翡翠の瞳。誰もが美人だと開口一番に顔をほころばせるが、彼女自身はさも当然と言わんばかりに小さく鼻を鳴らすだけ。そんな彼女が眼下に眺める街角は、昨日と同じように慌ただしく動いているが、空を仰ぎ見ることのできる屋根の上では、呑気な風がサワサワと頬を撫でるのを感じることができた。
「あら、あなた見かけない顔ね?」
特等席だと自負していた屋根の上に、見かけない顔がやってくる。
無言で隣に腰かけられたことにムッとしたのか、黒い瞳をわずかに細めて彼女は茶色の毛をした猫を見つめる。
「ここは私のお気に入りの場所なの」
遠回しに一人にしてほしいと訴えてみるも、茶色の猫は見つめ返してくるだけで何も言わない。そこで彼女は、ますますムッとした顔になり宝石のような翡翠の瞳で茶色の猫を覗き込んだ。
「私の祖母は偉大な魔女なの。それこそ名門だって言われる魔女養成学校の現校長だもの。名前を言えば、魔女界では「えー、あの方のお孫さんなの?」なんて当たり前。だからもちろん、私の家系はみんな魔女。ママもお姉ちゃんも妹も、いとこのマギーだって魔女」
早口で喋る彼女の声は、無言の茶色い猫の瞳に吸い込まれるようにして消えていく。
一瞬、しんと静まり返った屋根の上で、彼女は黒い髪を揺らす風を感じながらゴホンと咳ばらいをする。
「だけど勘違いしないでね。一流の魔女を輩出してきた名家じゃない。ある日突然、魔法が使えるようになった元は別のイキモノ。そんなおばあちゃんが「偉大なる魔法使い様」と一緒に悪魔を封印したのは、今じゃ映画にまでなった有名な話」
ここまでは、きっと彼女の定番文句なのだろう。安易に自慢話をしたいだけなのかと茶色の猫はここぞとばかりに欠伸をしている。そのうえ午後の日差しに気を許したのか、小さく丸まって眠りに入ろうとしていた。
信じられない。
美しい瞳を少し見開いて驚きを表現した彼女は、演説をあきらめたように小さく肩をおとす仕草をみせた。そして、落ちた肩とほぼ同時に、小さなため息を吐き出した。
「だけど、私は一族の落ちこぼれ。ううん。本当はこっちの姿の方が本来の姿なんじゃないかと思ってる」
少し興味が戻ったのか、再び茶色の猫が瞳をあける。
けれど、黒い髪の娘はもう興味がないとでもいいたげに、穏やかな雲が浮かぶ空をそっと見上げていた。
その横顔に何かを感じ取ったのか茶色の猫は「にゃー」と小さな声をかけようと口を開きかけたが、「美味しい食事とお昼寝付きの贅沢な環境で、好きなようにゴロゴロ出来るんだもの」と満面の笑みを向けてきた顔に口をとざす。
心配して損した。
恨みがましい視線を向けられたことに満足したのか、風に揺れる黒い髪の隙間から彼女の笑みがニヤリとのぞいている。
その時だった。
「みー、おいで」
屋根のすぐ下にあるアパートの窓から端整な顔立ちをした青年が顔を覗かせる。柔らかな雰囲気をした落ち着きのある声が向く先は、やはり屋根の上だった。
茶色の猫がじっとその様子を見つめて、尻尾を一回パタンと動かす。
「珍しいね。おともだちと一緒?」
ニコリと笑う姿は、心地よい太陽の日差しのよう。
茶色の猫は再びパタンと尻尾を動かして、今度は黒い髪の少女を見つめる。
「みー。それが私の名前」
ニヤリと笑った顔のまま、黒い髪の少女は体を「んー」と伸ばしてから四本足で立ち上がる。誰もが開口一番に美しいと絶賛するだけあって、そのしなやかな黒い体に翡翠の瞳をもつ彼女は実に見る者の心を奪う容姿をしていた。
「我ながら美人だって思ってる」
その自信はどこから来るのか、彼女はまだ丸まったまま動かない茶色の猫に背を向ける。
「せっかく猫に生まれたんだもの。魔女になって世界を救うだなんてイカレテル。私はここで、のんきに欠伸をしながらカッコいいご主人様に頭を撫でてもらう人生を選んだの」
そう言って、窓から両手を広げて待つ青年の胸の中に飛び込んでいった黒猫は、まるで恋をする一人の少女のように可愛い鳴き声を残していった。
(完)
Tales Recordとは
皐月うしこの童話みたいな短編置き場。「今日もこの世界のどこかで生きている」をキャッチコピーに綴ります。なさそうであり、ありそうでない。そんな狭間の物語です。


