深紅の約束を果たす者(かたられる宝石たちの秘密より)
この作品は、2020年5月発行「かたられる宝石たちの秘密」に収録されました。
その他注意事項は必読を確認ください。

かたられる宝石たちの秘密
深紅の約束を果たす者
乗り込んだのは二日前。商船を襲った空賊の飛行船に紛れ込んで二巡目の夜。
日に日に高まっていく緊張感。
いつ隠れている荷場所に銃器を持った賊が現れるかもしれないと思うだけで、自然と心拍は高鳴りを告げていく。
「カミラ、大丈夫か?」
「ええ、ジュドこそ大事ない?」
「オレは心配ない」
荷物と荷物の隙間に隠れるように、黒いフードの少女が自分よりも一回り大きい青年に小さくうなずく。闇に溶け込むように息を潜めて、あと何日やり過ごせるだろう。けれど、乗り込んだこの空賊の船が次の島に降り立つまで、出来ることなら穏やかに過ぎてくれることを祈っていた。
ただ、幸いにも上空を飛んでいる間は積み荷が脅かされる心配がないのか、空賊たちは外周の見張りに気を取られているらしい。
「あーだっる、酒が抜けねぇ」
「そりゃ、あれだけ飲めばな」
「これで女でもいりゃ最高なんだが」
「違いねぇ」
飛行船の壁は薄い。甲板に躍り出た見張り達の声が楽しそうに響いてくる。視界が闇に覆われている夜には聴覚が冴えるのか、小さな声でも彼らの会話は手に取るように聞き取れた。
「もうすぐシルヴェカ領の上空か」
「ああ、早く街に降りてうまい酒が飲みてぇ」
「ま、あの山を越えれば……って、なんだ?」
彼らは酔い覚まし程度の外気だったのだろう。それでも、自分たちが夢をはせて呟いたその場所で予想外のものを見たらしい。その声が狼狽たえ、悲鳴に代わるまで十秒にも満たなかった。
「カミラ」
「わかってる」
ジュドが耳元で囁くと同時に、案の定、突然の攻撃に積み荷を心配した賊の一人が荷場所の出口を開く。出来るだけ騒ぎを起こしたくない。それはジュドも同じだったようで、一歩一歩確認するように近づいてくる足音に耳をすませてじっとしていた。
しかし、来るときは来る。
「なっ、お前たちは」
言い終わる前にジュドが動いた。どさりと荷物の一部と化した男が足元に崩れ落ちる。
開いたままの扉。先ほどから機体が安定しないところをみると、余程のものに襲撃を受けているのだろう。これでは中も外も同じ。カミラはジュドが殺したばかりの盗賊をまたいで甲板へと向かう。
「寒い」
冷たい空気が雲の上に満ちて、空一面に張り付いた星たちを一層強く輝かせている。視界は良好、風は穏やか。飛行船内部は襲撃に右往左往しているが、闇に紛れるような黒いマントのカミラに気づかない。船が沈むが先か、逃げるが先か。生死の選択を迫られる船内で、むしろ落ち着き払ったカミラの方が不自然に見える。
それでも視界に映る周囲一帯は月明かりに照らされて幻想的な夜を広げている。これが襲われている飛行船でなく、豪華客船であればそれなりにロマンスが生まれたことだろう。
「カミラ、一人で出歩くな」
「これだけ盲目なら大丈夫」
隣に立ったジュドの気配にカミラは声だけを流す。
時折、ノイズ交じりの音が周囲の喧騒に紛れているが、なるほど。先ほど倒した男から内線を拝借したのだろう。短い返答で現状を伝える館内の様子に、やはりこの船は得体のしれない軍の襲撃を受けたらしい。
「攻撃が止んだ?」
「大方、様子を見ているのだろう。オレは少し探ってくる」
「空賊も大変だな」
少し身震いする寒さだが、夜は大抵こんなものだろう。太陽の恵みを失くした黒と紺の入り混じる夜の闇に傍観マントはかかせないと、カミラは口元まで深く布を手繰り寄せていた。
飛行船を動かす機械の音が定期的に宙を泳いで、不安定な機体は見張りの男が言っていたように山の向こうへ舵を切っている。
「あれを越えればシルヴェカか」
誰にでもなく一人呟く。不気味なほど静かな夜空は、相変わらず頭上に張り付いている。眼下に広がる雲の下では今頃不穏な空気が漂っているに違いない。北方の巨大帝国シルヴェカは先月、皇帝の座を息子に譲り渡して以降、他国への進軍が後を絶たない。おかげで、南方のロチェフ王国との狭間に位置していた町や村をこの一か月でいくつ失ったか。
地図に載らない人々の数など、王侯貴族はいちいち気にも留めていないだろう。
硝煙が数多もの命を燃やして雲になったところで、降る雨は空に届かない。
そうしてカミラが失笑混じりの息をマントの中に潜ませて、再度月明かりの彼方へ顔をあげたときだった。
「あれは」
その言葉が口から出るよりも早く左斜め前方から飛んできた砲丸が耳の横で爆風を打ち鳴らす。
「どうして、こんな場所に」
緊急事態に警報を鳴らす飛行船が、慌ただしく夜に異彩を解き放つ。右へ、左へ、前方から次々に飛んでくる爆風を交わしながら舵を切るせいで、カミラの足元も不用意にぐらつき、手すりを持っていなくては容易に立っていることも出来なかった。
「くそっ、まさかこんな場所で会うとは」
空中で最も出会いたくない相手は決まっている。
シルヴェカと領地を二分するといわれる東の巨大国、ナハランテの軍船。
飛行船とは名ばかりの武装した兵器は、幻想的な月明かりの夜空の中で不気味なほど黒い笑みを浮かべて浮かんでいるのだから恐ろしい。無作為に視界に入ったものを打ち落とそうとしているのか。あるいは、カミラたちの乗る船だと確信して仕留めに来ているのか。
思い当たるふしはどちらにもある。
「貴殿らに告ぐ、無駄な抵抗を止め、降参せよ」
最新の技術を詰め込んだ巨大船相手に、カミラたちの乗る小さな飛行船が勝てるわけがない。相手もそれを見越しているのか、周波数を通して繰り返し降伏を要求している。
相手は何十人もの訓練を受けた武装兵が控えていることだろう。対して、たった十数人の小さな空賊。先ほどの攻撃からしても戦力差は明らかで、飛行船の内部は思案する声があがっていることは容易に想像がついた。
「我が名はナハランテのビネク。空賊に告ぐ、無駄な抵抗を止め、降参せよ」
降参を要求しておきながら、威圧的な風と共に距離を縮めてくる軍船に小さな飛行船が敵うわけがない。
「カミラ、どうする?」
「ジュド、これをもって脱出の準備を整えて」
「これは」
「あの男に私は殺せない、それならこれを持ってジュドは私と別行動を」
首から外したお守り。いや、そう思うことで護符としていた石をカミラはジュドに託す。たった一言「御意」と告げたジュドが接触を試みたナハランテの軍船に飛び移り、姿を隠すが、彼なら問題なくやってくれるだろう。心配はしていない。
敗北を悟った空賊の飛行船に軍隊の一人が足を下すころには、カミラはたった一人で風に吹かれるように立っていた。
「これはまた随分と小さな客人で」
抵抗を見せた空賊たちがどうなったのかはわからない。
深く追求するよりも早く、素直に降参の態度をとったカミラは黒いマントの上から巻かれるようにして、ある男の前に献上されていた。
ナハランテの空を指揮する司令官。名をビネク。
北方の大国シルヴェカが東のナハランテに踏み出せないのは、この空を仕切る壁が最も厚いからだと囁かれているが、あながち嘘でもないだろう。カミラの目の前にいる男は、小麦色の髪を優美流し、夜の静けさにも似た残酷な瞳のまま足を組んで座っている。
「二日前にその宝石の行方を知る人物が飛行船に乗るところを目撃したとの情報を得まして。赤い髪をした褐色の肌の女、ちょうどお前のような年頃の」
「ッ!?」
「随分と探しましたよ、カミラ女王」
頭からかぶったマントをもがれるように現れたカミラの髪が宙に舞う。
燃えるように赤く、緩やかになびく炎のような美しさは他国では見られない。加えて、太陽に愛された褐色の肌は白さを誇る国々から異端の眼差しを向けられることも多かった。
「東と南の狭間、辺境の一族に伝わる風貌と同じ、まさにイディクの民と呼ぶに相応しい」
ようやく立つ気になったのか、ビネクの足音が近付くなりカミラの顎が持ち上げられる。
「我々から逃げ切れるとお思いで?」
「逃げなければ逃げられない」
「強がる素振りも愛らしい。しかし今現在、お前の命は我々の手中にあることをお忘れなく」
くすくすと笑う嫌味な顔が憎い。至近距離で見つめ合うにはもう少し色気が欲しいものだと、カミラは冷めた瞳でその視線を見つめ返していた。
それが気に障ったのか、カミラの顎を掴んでいた指先に力を込めて「ところで、あの青年はどうしました?」とビネクは続ける。
「ジュド、と言いましたでしょうか。いつもあなたに付き添っていた、あの腕の立つ獣人のことです」
勝ち誇ったように唇を歪めたその視線に悪寒が走る。もしかしなくても、彼の視線が誘導する先を見てカミラは息を呑んだように固まった。
「ジュド!?」
なぜ、彼がこんな場所に。
吐き出されない言葉の息をそう解釈したのか、ビネクの空気が優越に微笑んでいる。カミラから指を離して衛兵にとらえられたジュドとの間に体を滑り込ませると、まるで演者にでもなったかのように両手を広げて声を和らげた。
「さあ、カミラ女王。では取引と参りましょう」
なにが取引か。
こんなものは脅迫と変わらない。
わかっていて、カミラにとって不利なこの状況を「取引」だと言った男に、カミラの瞳はますます熱を失っていく。無理もない。人質は、唯一の相手。脱出の準備を模索しているはずの囚われ人がジュドである以上、カミラに選択の余地はない。
「ナハランテの国王はお前の持つ深紅の約束を是非にと、おっしゃっています」
「祖国を滅ぼしたナハランテに渡すと思うのか?」
「抵抗しなければ滅ぼすこともなかった。太古より獣人を従えるイディクの民の秘宝、深紅の約束。あれは我がナハランテ国の希望として候補に名高い。今現在勢力を増しているシルヴェカに対抗するには、あの石が必要不可欠なのです」
「あの石は貴様らには扱えない」
「実際に手にしてみなければわからないこともあるでしょう。現に、深紅の約束を持っているお前の国はその力を扱えずに我々に敗れた。それでは誰がその石を手にしようと同じことでは?」
どうやら嫌味はこの男の領分であるらしい。
武装した兵、軍艦の中。自分を脅かすものが何もない場所で演説を続ける目の前の男に、カミラは何も答えない。
「この世界に五つあるとされる秘宝。ゴッドジュエル。赤、青、白、緑、黄に輝くそれぞれの石は、この世界の均衡を維持するために存在するもの。五つの石が出会うとき、それはすなわち新たな時代が到来するとき。ゴッドジュエルは伝説に似たおとぎ話と言われていた。しかし、どうしたものか。シルヴェカの若き王がその力のひとつを手に入れたことが事の始まり。わずか一か月で世界は変わった。シルヴェカはすでに二つの石を手にしている」
これは事実。シルヴェカがゴッドジュエルを手に入れたという噂は風に流れ、今や世界中に知れている事実に他ならない。併せて始まった戦争は、狼煙を上げて地方へ広がり、シルヴェカの軍勢は大地を飲み込む勢いで侵略を続けている。
たった一か月。大国シルヴェカが始めた世界統一戦は、これを機に名を上げようと様々な武力勢力が均衡を破って参戦し始めたおかげで、小さな国、村、町は地図から消えた。
その中にカミラとジュドの暮らしていたイディアの村も含まれている。
東のナハランテと南のドグエラに挟まれた砂漠。洞窟の壁面を削った地に住む辺境の民。ほとんど外部との接触がなかった秘境の村が滅ぼされた原因もまた簡単な話だった。
「ゴッドジュエルは残り三つ。存在が明るみになった以上、赤の石を守る力はお前より我々の方が確かだ」
存在すら不確だった古来の力は、数えきれない犠牲者を出してその証拠を白日の元へさらした。
「石は争いの道具として存在しているんじゃない」
「カミラ女王、我々としても平和的解決を望んでいる」
仰々しく胸に手を当てて腰を折る姿が嘘くさい。縄で縛られ、銃口を突き付けられた態勢でなければもっと方法も手段もあっただろうが、この状況でそれは不可能。カミラは抵抗をあきらめて、声だけでジュドの気を呼んだ。
「いつでも」
たった四文字の答えが合図。
カミラがフッと笑うときには、その体はジュドの中にあり、気を失った兵たちの輪の中で驚愕に固まったビネクがいた。
「なっなななな」
言葉にならないビネクの声が空虚に映える。
ジュドの腕の中、それはカミラにとって予測できた未来。呆然とたたずむ顔をもう少し眺めていたかったが、飛行船の窓の外に見えた巨大な月が視界に入った以上、それは叶わない未来だろう。
「私の国が滅んだのは、確かに私の落ち度である。それは認めよう。だからこそ、私は行かなければならない。深紅の約束を果たす者として」
いつの間に奪ったのか、ジュドが銃で破壊した窓ガラスから暴風が舞い込んでくる。
「いいのか、カミラ」
「いいのよ、ジュド」
空に身を投げ出す間際、再確認してきたジュドにカミラはうなずく。
「ゴッドジュエルの導くままに、私たちは生きるだけ。今はそう、月の光が照らす場所まで」
(完)
Tales Recordとは
皐月うしこの童話みたいな短編置き場。「今日もこの世界のどこかで生きている」をキャッチコピーに綴ります。なさそうであり、ありそうでない。そんな狭間の物語です。


