ダンスブルー(かたられる宝石たちの秘密より)
この作品は、2020年5月発行「かたられる宝石たちの秘密」に収録されました。
その他注意事項は必読を確認ください。

かたられる宝石たちの秘密
ダンスブルー
ナルカ湾から北北西に進んだ先にあるホンデュガス海溝付近に小さな島がある。島の名をサファラ。太古から生きる巨大な鳥が支配している無人島。その島には海賊王の憧れたダンスブルーがあると言われ、それは現在、魔法薬の錬成において最高級の素材だとされている。
「よいしょ、っと」
タンクトップに短パン。「もう少し女であることを意識した方がいい」と、事あるごとに世話役の婆に叱られても、素材屋として貴重な資源を集めに行くには仕方がないこともある。
腰まで伸びた自慢の亜麻色の髪とそれなりに大きく実った胸があれば、恰好なんてたとえ裸でも問題ない。女であることを意識するよりもまず、サバイバルという死と隣り合わせの仕事をするには備えるべきものがあるのだと、レナは崖の隙間に足をかけて空を見つめていた。
「思ったより時間がかかりそう」
断崖絶壁。
ほぼ直角にそそり立った崖を登り始めて早二時間。サファラ島には新月の夜に船を出し、虹色クラゲの粉末を海水に溶かしながら翡翠の羅針盤の示す方角に向かって進めば、訪れるのにさほど苦労は必要ない。ただ到達した先に住む巨大な鳥に見つかれば、その嘴に食われて胃の中に納まるか、海の藻屑になるかの二択しか待っていない。
存在しない未来に夢が膨らむからこそ、海賊王も憧れたのだろう。危険であればあるほど、人は追い求め、そこにロマンを見出すのだと熱く語る人物に、少なからず心当たりはある。
「あいつのせいで、なんで私がこんな目に」
レナは頭に浮かんだ人物の幻影を振り払うように首を振る。さすがに二時間。上り続ける断崖に体力の限界は底をつきかけていた。
「帰ってきたら、ただじゃおかないんだから」
歯ぎしりをしないとやっていられない。
なにがロマン、なにが夢。ぶつぶつと吹き出す愚痴をバネにレナは崖を登っていく。
「それに、ここに来るまでの経緯を思うと、ただでは帰れないのよね」
はぁと重たいため息が零れ落ちるのも無理はない。ロマンを追い求めて行方をくらました男の顔を再び思い浮かべれば、怒りと一緒に脱力したくなる気持ちがこみあげてくる。
どうして嫁入り前の可憐な乙女が、まだ夜も明けないうちから断崖絶壁を登らないといけないのか。素材屋として何度も素材集めに駆り出された体力自慢が、こんなところで役に立つとは、まさかのレナも思ってはいなかった。
「あのバカ親父、次に会ったら絶対殴る」
レナは再度その幻影を振り払うように首を振って、気を取り直したように崖に目を向けた。
航海禁止区域。海軍でさえ滅多なことがない限り近寄らないサファラ島。自然と人間。お互いに住み分けされている絶海の孤島だからこそ、高級素材を入手するにはうってつけの島であると言える。
市場に出回る数が希少であればあるほど価値は自ずと上がり、大手量販店には入手できない素材を入手してこそ、田舎で細々とやっている小さな素材屋には拍がつく。
「サファラ島には、ダンスブルー以外にも希少価値の高い薬草や鉱物がたくさんあるのよね」
ふふんと、上機嫌に鼻を鳴らしてレナは体力回復に一番の妄想を掘り起こす。お目当てはダンスブルーと呼ばれる秘宝だが、それ以上に手付かずの自然には魔法薬を精製するのに必要な素材が多く存在する。
「人喰い草の茎、毒薔薇の球根、ひとつ目ウサギの糞、のどかヨモギもここが産地だったはず。まあ、ザズー鳥の卵は無理にしても、羽くらいは取って帰れるかしら?」
浮かぶ限りの素材を並べてみると俄然やる気が増す。高級素材を山のように持って帰れば、素材屋として店の名前も右肩上がりになるに違いないと、レナは体力を再沸させて目の前の岩に手をかける。
「でも、時間はあまりかけられないわ」
入手したい素材が多ければ多いほど、早々に崖を登って島に降り立たないと時間がいくらあっても足りない。そうでなくてもレナには時間が限られている。
「ダンスブルー、絶対持って帰るんだから」
レナは巨大鳥ザズーが住む海岸の反対側に船をつけ、切り立った崖を登って潜入するという方法でこの難関に挑むことを決めていた。
決めたのは昨日。
即席の思い付きで口にした自分を呪いたいが、過去を振り返っても仕方がない。錬金素材情報誌クイックルーペで、秘宝特集が組まれていたことがせめてもの救いだとレナは嫌な出来事を思い出していた。
* * * * * *
「ちょっと待って、店を売るってどういうことですか?」
消息を絶った父の代わりに店を切り盛りして半年。小さい頃から何かと素材集めに駆り出されていたこともあって、素材屋の仕事を継ぎたいと常日頃思っていたが、なんとか形になりかけたところで待っていた現実は借金というありふれたものだった。
「何って、そのまんまの意味さ。お嬢ちゃん。ほら、この契約書にきっちりサインしてあるだろ?」
白いスーツに黒い眼鏡。縦じま模様の黒いシャツを着たガラの悪い男を中心に、黒ずくめの男たちが四人。全員が人相最悪のいかにもな風貌をしていたという記憶しかないが、俗にいう借金の取り立ては店主不在の昼日中にやってきて、金を返せと要求を繰り返した。
「六千ニコ、さっさと出しやがれ」
「そんな大金、あるわけないじゃないですか」
「あるとかないとか聞いてるんじゃねぇの。出せっつってんだよ」
目の前に叩きつけられた紙は魔法で契約がなされているのか、レナの父であるハイブの名前が虹色に光って浮き出ている。金額は六千ニコ。正直、店を売ったところでどうにかなる金額ではない。
「なんとか売るもの売れば、それなりの金額になんだろ」
「それなりって、本当にそれなりにしかならないですよ?」
「じゃあ、どうすんだよ」
「どうするって言われても。父は素材集めに行ったまま帰ってこないし」
「こっちは約束の期限をもう三日も待ってんだ。何もありません、じゃ。すまないだろ?」
そうは言われても、差し出せるものが何もない。古くから営んでいるとはいえ売上は微々たるもので、最近では大手の素材屋に客は流れている。豊富さと安価で負ける小さな町の素材屋は、どこの家計も火の車に違いなかった。
「ダンスブルー」
「は?」
小さく呟いたレナの声が聞こえなかったのか、借金の取り立て屋は不機嫌な声で聞き返す。
「ダンスブルーを採りに行くまで待ってもらえませんか?」
「だんすぶるぅ?」
初めて聞いたとでも言いたげな声だが、金融を生業にする職業人が初めて聞くわけがない。秘宝中の秘宝。絶海の孤島サファナでのみ入手できる最高級の宝石。海賊王が憧れたとされるその青い石は、中で妖精が踊るとされ、内包された光が外に出ないことからダンスブルーと呼ばれている。
素材屋としては一生に一度は取り扱いたいと夢に見る素材。
錬金術師も魔法薬を調合する薬師も、大金を積んでくれる魔法のアイテム。実在する素材ではあるが、入手困難な宝石はその希少さから、半ば都市伝説と称されるほどの非現実的な話と同義。
案の定、次の瞬間には道行く人が何事かと足を止めるほどの笑い声が店内に響きわたっていた。
「ぎゃはははは、まじか、お嬢ちゃん。ダンスブルー、ダンスブルーっつったのか?」
失礼極まりない。
ばんばんと机をたたき、げらげらと腹を抱えて笑い転げる目の前の男。完全に馬鹿にしているその様子に、レナが反論の声を上げようとした時だった。
「ふざけてんのか?」
男の笑い声がピタリと止み、完全に切れた顔がレナに迫る。
「こっちは遊び半分でこんな田舎の寂れた店に足運んでんじゃねぇんだよ。夢みてぇなこと言ってねぇで、さっさと出すもん出しやがれ」
「ッ!?」
「出せねぇってんなら、嬢ちゃんごと、この店を売る。六千ニコ、用意できないなら体で払え」
別に冗談で口にしたのではない。現実的に考えて、六千ニコという大金を用意するにはダンスブルーくらいの宝石がなければ無理な話。サファラ島に行けるかどうかは別にして、素材屋として提案できる代替案はそれぐらいしか思い浮かばなかったというのが正直なところだった。
「ちょっ、何する、やめてよ。やめてって言ってるでしょ!」
強引に店から連れ出そうとする借金取りに抵抗の声をあげる。
助けに来てくれるような友人や知人は残念ながら存在しない。店にいるのは世話役の年老いた婆だけで、今日は体調がすぐれないからと奥の部屋で寝ているのだから、これ以上コトを荒立てて心配をかけたくもない。
「あの~、すんません。ここって素材屋トトで間違いないっすか?」
「悪いな兄ちゃん、今取り込み中で、よそ当たってくれや」
「ええ~、そんなん困るわ。もう他で断られてここが最後なんやで。来週までに錬金術に使用する最高の素材を調達せなアカンのに」
「だから、兄ちゃん。今取り込み中だっつってんだろってままままさか、あんた」
独特なイントネーションと共に現れた姿に一同の強行が止む。一体何者だろうかと、レナが捕まれた腕を振りほどいているうちに、得体のしれない男は断りもなく店の中に侵入していた。
「あれ、誰や思たら。ロガロさんところのマルクアさんやんか。こんなとこまで仕事に?」
「いや、まあ。そんなところだ、な、はは」
「ちょうどよかった。来週王都で開かれる大会用の素材を探してたんよ。どうです?」
「はい?」
「ここで素材調達できひんのやったら、マルクアさん。また素材になってほしいなぁって」
にこりと優雅に笑う姿に悪寒が背筋を駆け抜ける。
人間を素材扱いするやつに、ろくなやつはいない。
「いやいやいや、やめてくださいよ。大体、ここで素材調達って、何もないですよ、この店」
「なんでよ。さっきダンスブルーって聞こえたん、気のせいとは言わせへんで。な、嬢ちゃん」
「えっ、はっ、はい」
無意識に解放された腕をさすりながら、冷めた瞳で事の成り行きを見守ることにしていたレナは突如話題を振られて戸惑うほかない。思わず、勢い余って頷いてしまったが、これは本能が告げている。
「俺な、来週までにダンスブルーが欲しいんやわ。手に入れてきてくれたら六千ニコ、俺が支払うってことで、どない?」
「え?」
この男にかかわると、ヤバイ。素材屋としてより人間として、警鐘を鳴らす脳内が何よりの証拠。それは周囲もそう感じたのだろう。先ほどまでの威勢をどこにやったのか、白いスーツの黒眼鏡は焦ったように突然現れた侵入者に言い寄っていた。
「ちょっ、待ってくださいよ。そんな無茶苦茶な話、大体来週まで待つって誰がそんな悠長なっ」
「俺が払う言うてるんやから問題ないやろ」
「そうは言いましても、こっちにはこっちの都合が」
「金があればそれでいい、やろ?」
「いや、まあ、そうっすけど」
ポンっと大金を出せる目の前の男が何者なのかはわからない。それでも六千ニコ。借金の契約書である魔法の紙が消失し、煮え切らない顔で白スーツが率いる団体が帰っていくのだから、これは紛れもなく現実なのだろう。
「あっあの、ありがとうございます」
「嬢ちゃん、名前は?」
「れ、レナです」
「よっしゃ、レナちゃん。てなわけで、はい。契約成立。じゃあ、四日後にまたよらしてもらうわ」
「え?」
「それまでにダンスブルー持って帰っておいで。ああ、航海禁止区域なんが問題やったら、はい。これ見せたら海の一つや二つ、簡単に渡れるから。いやぁ、それにしても新月の夜が明日でよかったなぁ」
「えっ、なに、なんなの?」
「ほんじゃ、ま。よろしく頼むわ」
握手を求められる仕草に応えてしまったがゆえに、左手の手首に印字された魔法の鎖。呆気にとらえるうちに、借金を肩代わりしてくれた怪しげな男も消えていたのだから、わけがわからない。
それでも、理解できたことはひとつだけ。
ダンスブルーを四日以内に手に入れて帰ってこなければ、きっとよくないことが待ち受けているという事実。レナは短い人生を悟るように、その日何度目かの呪いを父にかけた。
* * * * *
サファラ島は凶暴なザズー鳥さえ気を付ければ、さほど獰猛な獣は存在しない。その分、豊富な種類の薬草が生え、希少な虫が多い。
「ガラス蝶の鱗粉がこんなに、あ、あっちには渦巻花の蜜。やだ、どうしよう、めちゃくちゃ楽しい」
明け方近くまでかかってようやくたどり着いた島の内部。そこには思い描いていた以上の素材が山のように存在していたのだから気分はあがる。一般には流通しない希少性はもちろん、価値の高い素材が取り放題なのだから無理もない。素材屋として父の背中を追いながらいくつもの島や洞窟や秘境を訪れたが、サファラ島はその最高峰といわれるだけあると、レナは満足そうに素材屋としての本文を全うしていた。
だが、忘れてはいけない。この危険な島に来た最大の理由。
「ダンスブルーは、どこかしら」
生い茂る草をかき分け、ザズー鳥に見つからないよう高台ではなく地面に隠れるように島を進む。途中自分の背丈以上のキノコや芋虫に遭遇したが、何もかもが宝島と化した視界に恐怖や辛さは存在しない。
時間を忘れるように探索しながらレナはついに目当ての場所にたどり着いた。
「嘘、でしょ」
ザズー鳥の巣。海岸に巣を作るザズー鳥は子育ての真っ最中なのか、その巣の中でふわふわの雛が眠っている。傍らには孵化する際に粉々に割れた卵の破片。海水と砂に洗われて、小さくなったそれは驚くほど青い輝きに満ち溢れている。
「嘘っ、ダンスブルーがザズー鳥の卵の欠片なんて聞いてない」
たしかに雑誌でダンスブルーの存在は目にしたが、てっきり宝石だとばかり思っていたその事実に衝撃は隠せない。ザズー鳥は好戦的な鳥。目に入った生物は何でも嘴でつつき、口にする獰猛な野鳥。
「ようやくここまで来たのに」
頭を抱えて悩むレナの目の前には、太陽の光を浴びて青く誘うダンスブルーの存在。このままじっとしてたところで事態が好転するわけもなく、無駄に時間を消費したくもない。
どうしようか悩んでいたそのとき、不運にもレナの頭上にザズー鳥の影が重なった。
「いやぁあぁあ」
聞いたことのないザズー鳥の声がレナを襲い、反動で悲鳴をあげたレナの声が島中にこだまする。けれどその瞬間、レナの左手に刻まれた魔法の鎖が反応し、これはまさに信じられないことだが、ザズー鳥は気持ちよさそうに寝息をたてはじめる。
「は?」
心臓がいくらあっても足りない。
見渡してみると海岸にいる鳥も全部が眠っている。
「よっ、よし、いまのうち」
なぜ、ザズー鳥がいきなり眠り始めたのか、考えるよりも早く素材屋の本能が告げるままにレナは視界に入るだけのダンスブルーを手に入れた。
元は大きな卵の欠片。近寄ってみてわかったことだが、大きな欠片はダンスブルーと呼べるほどの輝きは放っていない。海水と砂が年月をかけて研磨した殻の欠片でないと、ダンスブルーと呼ばれるまでの輝きは生まれないらしい。その多くは研磨される過程で海に流れていってしまうだろう。小さく残った奇跡の欠片。
希少価値が高いわけだと、レナは手に出来た五つ程度の宝石を持って帰路につく。行きと同じように帰りも困難だったことはこの際、忘れてしまいたい。登った断崖絶壁を同じように降り、今度は虹色クラゲではなくガラス蝶の鱗粉を海水に溶かしながら翡翠の羅針盤の示す方角とは真逆に進む。帰宅した日は倒れ込むように丸一日を睡眠で過ごした。
「ひどい顔やなぁ」
四日目の朝。開店する前の段階でたたき起こされた身としては文句のひとつくらい言っても構わないだろう。けれど相手は上客。どんな事情であれ、借金を肩代わりしてくれた恩人であることに変わりはない。
レナは浮かぶ言葉を我慢して、無言でダンスブルーを差し出した。
「おお、これやこれ。助かったわ」
無邪気に喜んでくれるのであれば無理して取って来た甲斐があるというもの。素材屋として客が喜ぶ顔は何物にも代えがたい。
「これがあるから、やめられないんだよね」
レナは結局、最後まで正体不明の謎の男を送り出して開店準備を始めた。今日は豊作。売るものは山ほどある。素材屋トトの看板を磨いた後に見た空は、ダンスブルーのように青い色をしていた。
(完)
Tales Recordとは
皐月うしこの童話みたいな短編置き場。「今日もこの世界のどこかで生きている」をキャッチコピーに綴ります。なさそうであり、ありそうでない。そんな狭間の物語です。


